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2023年03月25日 (土) 19:42
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第二次世界大戦中にナチスの秘密兵器、超重戦車マウスでモスクワ攻略へ行く話です。

幼少時代をウクライナで過ごし、ロシア語に堪能であったため、ブリュンヒルデ・フォン・リヒターは、ナチス・ドイツの諜報部でソ連の情勢を調べる任についていた。一九四五年、長引く戦争で国力の疲弊したドイツでは兵力が不足して女子供まで戦場へ送られるようになった。ブリュンヒルデもまた、その例外ではなかった。彼女に与えられたのは超重戦車マウス一個小隊、それと理不尽な命令だった。

「なんですって? モスクワへ進撃? 有り得ないわ!」
 ブリュンヒルデ・フォン・リヒター少尉は、思わず我が耳を疑った。
「ですが、その、ヒトラー総統直々の命令です」
「なに考えてるのよ、あのチョビ髭!」
 通信士からの伝言にリヒター少尉は頭を抱えた。彼女の金髪碧眼の美貌が曇る。
 バルジの戦いで米軍を押し戻したとはいえ、敵の圧倒的な物量の前に、いずれドイツ軍が敗北することは火を見るより明らかだった。ヒトラー総統は、この期に乗じて前線を東に伸ばし、モスクワ攻略を画策した。狂った作戦としか言い様がない。いや、ヒトラー総統は何時から狂っていたのだろう? ワルシャワ蜂起に失敗した時か? 美大の入試に落ちた時からか? 或いは、生まれつき狂っていたのだろうか?

 汗と油の臭いが入り混じった吐き気を催すような車内で、米軍のシャーマン戦車大隊を待ち伏せている最中だった。リヒター少尉が指揮を執る鋼鉄の塊、或いは鉄の棺桶は巨大で分厚い装甲を持ち、敵のどんな戦車だろうと、野砲であろうと、その比類なき強靭さを持った装甲を貫通することは不可能に等しかった。
 リヒター少尉は元々諜報部員としてナチス・ドイツ陸軍に入隊した。ノルマンディー上陸作戦後の一九四五年、ドイツ軍の疲弊は凄まじく、女子供まで前線に駆り出されるようになった。〝 マウス〟と名付けられた超巨大戦車の車長に選ばれたのも、様々な不運が重なった結果だった。
 この一ヶ月は、フランス国境付近で、ずっと戦闘に明け暮れていた。

「ヒャッハー! 黒サイより山猫へ、お客さんを連れてきやしたぜ!」
 八号戦車マウスの車内で待機するリヒター少尉のヘッドホンに、味方のIV号戦車から通信が入る。戦車長のリヒター少尉の座席にはクッションが敷かれ、壁には家族の白黒写真やドライフラワーや小型の鏡が据え付けられてあった。もちろん鏡は化粧直し用だ。リヒター少尉は、パンツァースロートマイクを手で喉に押し当てる。
「こちら山猫、そのまま敵を射程内まで引き付けて!」
「了解。回避行動オメガ・スリー!」
 ラインハルト軍曹のIV号戦車は囮となって、米軍を引き付けていた。最近は車重百八十八トンの超巨大戦車マウスの逸話が敵軍に知れ渡り、警戒して容易には接近してこない。そのため、囮を使って敵を呼び寄せる作戦だった。IV号戦車は無理なジグザグ走行をしていた。履帯がギチギチと不愉快な音を立てる。もしも今、履帯が切れて停車したら、忽ち敵戦車の集中砲火を浴びてお陀仏だ。しかし、戦争というのは、そういうものかもしれない。ラインハルトは諦念と覚悟を同時に感じていた。リヒター少尉のために、囮となって命を散らすのであれば、それもいいか、と思う。IV号戦車の設計上、想定していない急停車と急発進を繰り返す度に、変速機のギヤが削れて、ジャリジャリの鉄粉となっていく。囮作戦の度に、壊れた変速機を載せ替える必要があった。

 リヒター少尉が搭乗する八号戦車マウスのキューポラからも敵戦車の一個大隊が見えた。
 ドロドロドロドロと南から耳障りな地響きが近付いてくる。土煙を巻き上げながら、鏡餅のようにずんぐりして、それでいて背が高く、成りは小柄なシャーマン中戦車の大軍が、無限軌道をキュラキュラと軋ませ、土煙をあげ、エンジンの咆哮をあげながら、南から進軍してきていた。各々の工場で黄色と黒のペンキを混ぜ合わせて調合されたオリーブドラブの車体色には統一性がなく、アメリカ人の大雑把な気質をそのまま体現しているかのようだった。

 地平線いっぱいに広がるシャーマン中戦車を見て(まるでダンゴムシの群れのようだ)とリヒター少尉は思った。性能で遥かに上回るドイツ戦車に対して、米軍は物量で押してきている。
「弾がいくらあっても足りないわ」
「そうボヤかないでくださいよ、少尉」
 砲手のケルヒャー伍長が合いの手を入れる。マウスの六名の乗員は互いにヘッドフォンマイクを繋いで通話可能な状態だ。
「それは、わかってるけど」
「こっちは、たった一台で敵の一個大隊を相手にしてるんですから」
 マウスの六人のクルーは、お互いのヘッドホンマイクを接続することで会話ができるようになっていた。当時はプラスチックがなかったので、総金属製で重さ640グラムの重いヘッドホンに〝スロートマイク〟と呼ばれる喉に押し当てるタイプのマイクをセットで取り付けていた。このタイプのマイクは、空気の振動を拾う普通のマイクと違い、喉の振動を拾うので、エンジンやキャタピラ、砲撃などで騒がしい戦車車内でも使用することができた。

 二人の装填手が、マウスの主砲に128mm砲弾を込め、砲手のケルヒャー伍長が電動旋回装置で砲塔を回転させて、敵戦車に狙いを定める。

 ズドム!

爆音と共にマウスの主砲が火を吹き、駐退機が下がって吐き出された空薬莢が、ガランガランと音を立てて床を転がり、硝煙の臭いが砲塔内に立ちこめる。
 八号戦車マウスの55口径128mm戦車砲にとって、シャーマン中戦車の装甲など紙切れに等しかった。敵の射程外から砲撃して、次々と敵戦車を撃破していく。シャーマン中戦車の一個大隊は、ドイツ軍の敵がティーガー重戦車なのか、ナースホルン自走砲なのかさえ知ることなく、砲弾が命中して次々と爆発炎上していく。三千メートルの遠距離から砲撃してくるマウスを、シャーマン戦車大隊は、その正体をはっきりと視界で捉えることはできない。
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