2023年08月16日 (水) 16:44
独特の感性や感覚、直感的なもので本質をとらえることができる能力をもつ人のこと。
優れた成果を残す人は程度の差はあれ、並以上は、これが“ある”と堀田はなんとなく思っています。
そう思うのは、私には、それが、あまり“ない”と自分で感じているからです^_^;
なお、学力が極端に高い人はそういう能力持ちかどうか、判別がつかないこともありますが(どっちかわからん人も見たことはあります)。
ともかく堀田の場合、姉という比較しやすい存在があったので、コレはすごく感じましたね(゜゜;)
天才的か、とは、多少ニュアンスがちがうんですが
センスってあるんですよ。
同じきょうだいで、どうしてここまで能力差があるのだろう、と
この年になってさえ、感じること、しばしばあるけど
良い意味で諦めがつきました(笑)
堀田は、どう頑張っても、姉のようにはなれません。
それは堀田自身が誰よりも分かっている。
強いて言うなら、姉に比べればカメのように鈍い私だからこそ
何やらせても人より早くのみこめる何やらせてもはじめからけっこう上手いーーどこに行っても「さすが○○さん」と、出来る人と認められるーー何かで落ちてもすぐ這い上がることができる。
それくらい優れた能力を持つくせに、何かひとつでも続ければ良いのにーー満足しちゃって飽きてしまい、すぐやめてしまう(こだわりが無さすぎる)という 物凄く勿体ないーー万能の能力をもつ姉より
堀田のほうがオタク気質で執着心は強いm(__)m
よって、熱心に、しつこく続けるぶん、結果的には伸びる場合もあるんですよね(堀田がしつこく続ける特定の分野に限れば(-_-;))。
姉が続けてたら敵わないと思いますけどね(笑)
そういう意味ではほんとウサギとカメの話かも。
カメほどやれるかは別だけど、私は私の独自路線でいこう、と。そう思うんですよね。
姉が天才的かどうかは分かりません。
なんせ、物凄く出来るくせに、残念なくらい
徹底して頑張る とか
ある程度続ける とか
ビックリするくらい彼女は、しないので(-_-;)
それでも“できる人”でいられるんだから、そういう意味ではとんでもない優秀さだとは思うのですが、優れたものは持っているのはたしかだけど、彼女は天才的と言えるレベルかは判定できないんですよ。
しなさ過ぎて(もったいない人です、ほんと……)
飛び抜けて秀でたセンス
+自分で決めたことは、少なくともそれなりの成果に繋がるまでは、継続できる能力
この二つがあわさってないと、
難しいこともあるなと思います
この二つをもつ人
バランスは個人差があるような気がしますがーー
特に直感的なものに、ものすごく強みがありそうだなと感じる人を、堀田は天才的なんだな、と考えています。
あまり色々言わない方がいいだろうな、とも。
誰にでもある程度は言えるのでしょう。
まぁ 堀田はそうでもないんですけど
(゜゜) 堀田は、そういうのあんまり恵まれてないので……
とりあえず、カンで動いてけっこううまく行くことも多いような人は、独特の感覚があると思うので
それはいわゆる一般論で縛らないほうがたぶんその人はうまく行くんだと思うんですよ。
なんとなく。
イチローさんが、それまでの常識論では風変わりだったり独特なことを頑なにやっていても、
それはイチローさんにとっては正解であったように
その人の感覚は
余計な口を出さず、その人の感じるままに任せた方がいいケースはきっとある。
私がなんとなくそう思う人を
私は天才的とか天才肌なのかなと言うんですよね。
もちろんこれは、傾向であって
天才と凡人と、2項対立で考えているわけではありません。
それが特に強い人もいれば、
論理的思考や経験値で補強していくスタイルが強い人もいるだろうし
強いて言えば、パラメーター比率かなぁ
才能とか天才性って、
ある/なし じゃなくて、
成果としての総合点が同じくらい20だとしても、
パラメーターの振られかたは個人差があると思うから。
*****
ともかく、堀田は天才的なものは持ってないです。
それでも
読書とか学習で得たことをもとに推し量る能力を鍛えることはある程度は可能で、あるいは、
才能ある人の書籍や考えを学ぶことで、ある程度は学べることもあるとは思うんですよ。
なので、才能って無いなら無いなりに、ある人から学べることは学ばせてもらえば良い
処理速度はちがうし、同じようにはなれませんけど、
学べることは学んだ方がいい
堀田はそういう考え方をしています。
身体能力とかスポーツとかは、どうしてもピーク年齢がありますから。秒を切るような反応速度のちがいが結果に大きく反映されるから
これは諦めています^_^;
でもそうでないことは、
トップ争いを気にするような人でないなら
素直に、採り入れられることは取り入れようと探してみよう、それくらいで良いんじゃないかなって
それが堀田の考え方です。
とりあえず、自分にそういったものが“ある”“なし”にかかわらず、
表現したいもの、や、到達したい場所 があるなら、
優れた人、自分の持たないものに恵まれた人から、
すべては無理だとしても、学べる範囲で学びながら
補ってゆけるならと思うんですよね。
で、こういうことを書くと、
自分とは無縁の話だとか感じられるかたも中にはいらっしゃるかもしれないけど、
たとえば、人との輪のなかで人を惹き付け、場をなごませ、適度に刺激しあったり伸ばしあったりできる
そういった人間関係の調整能力も堀田から見れば才能のひとつなんですよね。
私は基本的に、誰と誰を比べてどっちがどうという考え方はほとんどしないので
私にない、あるいは不足している部分で優れていると感じたらうらやましいと感じますし、
もちろん、自分が伸ばしたいと思う能力やスキルについて関心度は高まりますから、それを学べそうな相手への関心度は高くなりやすいですが
それで人に優劣をつけるとかそういう考え方もしていません。
競争意識で動くことを否定的に見ているとかそういうことではなくて、
私自身の関心事項は少しちがうというだけ。
何と言うのかなぁ
私にとっては、たとえば今の季節なら……ヒマワリとハイビスカスを比較するようなことに近いんですよ。
ヒマワリを見ているときはヒマワリを見ているし
ハイビスカスを愛でるときはハイビスカス。
どちらが美しいですか、と聞かれても
「それは見る人の好みだろうし、シチュエーションもあるんじゃないでしょうかね?」
と答えると思います。
北のほうの高原で夏に咲くなら、青空に生える向日葵畑、ってノスタルジックで素敵だなと思いますし、
南国のエキゾチックな美しさとしてはハイビスカスが映えると思うんですよ。
食物としては種から食用にもなる油がとれて、ナッツにもなり、草食動物のエサになったり利用価値も高い向日葵ですが(園芸メインの品種で種が期待できないものもあるでしょうし)
ハイビスカスもハーブティにりようできるものがあったりしますし
どちらが優れていますか、なんて言えません。
もちろん、人により好みはあるでしょうし、具体的になにかに絞れば優劣もつけられるかもしれないけど
堀田は、あんま考えない
向き合うときは、ほかの花と比べてどうかというよりも、ただその花を見ている。
人を見るときもそれに近いかもしれません。
優れていると感じたら優れていると認めますが、そういうことで、誰かが誰かに、敗北感のようなものを味わったり、コンプレックスを感じたりはしてほしくないなぁって、そんなことを思います
まぁ、堀田の気にしすぎかもしれません。
誰もなにも感じていないなら良いのですけど(*^^*)