2017年06月28日 (水) 22:25
御無沙汰しております、礼状です。
ここ1ヶ月に渡って現行の作品に当たる『転生召喚士』を書くに辺り、多くの作家さんが通っているであろう資料集めの為、近所の図書館や古本屋さんに御世話になっておりました。
何れだけ仕入れたかと詳しく申しますと、先ず【戦国時代に関する資料】が五点。【軍事兵器や戦争に関する資料】が二十二点。また、【都市の作り方、法律、鉄道関係、地図、海上保安庁】等に関する資料が纏めて十一点。
そして現在一番必要としている資料である、【震災関連】の数少ない資料を何とか五点仕入れる事が出来ております。
ただ全ての資料の20%ぐらいしかまだ読めておらず、現在もじっくりと目を通させて頂いているのですが……。日本と言う国が昔から何れだけ多くの震災と向き合ってきたかを想い知らされると同時に、数百年に渡って様々な対策を先人の皆さんが講じてきたにも関わらず、それを嘲笑うかの様な震災が日本を襲っている事に戦慄させられました……。
例えば、美しく近代的な町並みが早朝にして崩壊した【阪神淡路大震災(1995年1月17日)】。
当時私は幼稚園児程の子供で、たまに見るニュース映像等を見るだけで余り記憶に無かったのですが、百貨店が真ん中から裂けている写真や、街のあちこちから火山が噴火したかの様な黒煙が出ている様子、突貫工事の為に耐久力が余り無かった高速道路が横倒しになっていたり、ガス火災で燃え盛る町並みを頭を抱えて地面に座り込んでおられる被災者の方達を見て思わず泣いてしまいました。
熊本城の瓦屋根と石垣が倒壊した事等でまだ記憶に新しい【熊本地震(2016年4月14日)】に関する資料では、土砂崩れが起きて地獄の様な状況にある阿蘇山(あそざん)を上空からドローンで撮影した写真が載せられていました。
他にも古い家だけでなく新築の家や、太い電信柱ですら倒壊してしまっている写真。二日の間だけで一千回にも及んだ震度1以上の余震のせいで避難所でもゆっくりと休む事が出来ず、ぐったりとされている地元の皆さんの姿を見て色々と考えさせられました。
その中でも特に私の心を打ったのは、国内だけでは無く何時の時代においても海外からの人も合わせ、被災地へと救援に駆け付けてくださっていた救助隊及び、ボランティアの方達の姿。そして苦しい中でも互いに力を合わせて困難に向き合おうとされている被災地の皆さんの姿でした。
こう言った記録を個人的に調べはするものの、私自身は過去を合わせて大震災が起きた際に出来た事は精々働いたお金寄付したり、家族を一日分賄うにも及ばない食料品を少し寄付する事ぐらいしか出来ていません。(素人が大変な状況にある被災地に勢いだけで赴いて、逆に現地の救助隊等の方達の迷惑になっているニュースも有りましたし……)
なので私はこの震災と言うテーマと真剣に向き合いたいと言う想いを持つ反面、その絶望に立たされてしまった人達の姿や、表だっては大きく語られないであろう英雄達の活躍を形にしたいと言う想いもあって現行の作品を書かせて頂いています。
(ベターなタイムスリップ物や、チートで暴れまわるだけの作品では読者の皆さんの心には作品を読んだ後何も残らないだろうな……と言う想いも有りますが)
なのでこれから描く予定である話は、私自身が描いた創作の部分と実際に大震災を経験された多くの方達が実際に会われた経験や、実際に大災害に立ち向かわれた多くの挑戦者達の物語を会わせた物にしたいと考えております。
ただそれに辺って、元々戦国時代の資料集めだけでも要領オーバーを起こしているポンコツ作者の投稿ペースが落ちてしまっていて、重ね重ねになりますが本当にごめんなさい!
現在沢山の資料や、色んな作品を見てモチベーションを挙げながら“あーでもない……こーでもない”と無い頭を振り絞り、就職活動に怯えながら構想を練っております。それを踏まえる前から、200人以上の読者の皆さんが待っていてくださっている事に心からの感謝と謝罪を添えつつ、報告を終わりとさせて頂きます。
最後に現在も災害の被害だけではなく、私等が想像を絶する様な経験をされたであろう多くの被災者の皆様にお見舞いを申し上げます。