2019年07月17日 (水) 12:04
その日、俺とリーファンはオリファルコンの研究のため、生産ギルドで作業をしていた。
するとギルド員のプラムが部屋に入ってくる。
「クラフトさん。お客様ですよ」
「客? 俺に?」
最近錬金術師として名が知られてきたのか、名指しの訪問は多々あるが、基本的にギルドの受付が追い返すことになっている。
正確には、生産ギルドへの依頼としてなら受け付ける。
だから、書類を渡されるのではなく、呼ばれるのは珍しい。
「はい。孤児院の子供たちですよ。リュウコさんも一緒です」
「ああ、なるほど。すぐ行くよ。リーファンも休憩にするか」
「うん。そうだね」
そんなわけで、三人でギルドの受付に行くと、いつもの四人組、エド、サイカ、カイ、ワミカが大きな籠を持って待っていた。リュウコが一緒なのは、子供たちが俺の家に直接いったので、こちらまで送ってくれたのだろう。
「クラフト兄ちゃん!」
「よう。みんな元気か?」
「もちろんだよ! 孤児院に仲間が増えたからちょっと大変だけどな!」
ニカリと笑うエドたちを見れば、順調なのがよくわかる。
「これ、差し入れです。みんなで食べてください」
そういって、自分の身長ほどある巨大な籠を置いたのはサイカだ。
彼らは俺たちのスパルタ教育で、このくらいの荷物を運ぶのは屁でもない。
「ありがとうな。ずいぶん沢山あるな」
「はい。孤児が増えて、色んな野菜や薬草を育ててるんです。クラフトさんの錬金農薬があるので、すごく沢山収穫出来ます」
少しおどおどと応えてくれたのは、カイ。
「トマトにナスににんじんにピーマン。ブロッコリーもあるのか。凄いな……ん?」
籠の中には、この辺りでは珍しい野菜がたくさん詰まっていたのだが、なぜか肉もあった。
「それ~。ベーコン~。おいしーの~」
ほわっとした口調で幸せそうな笑みを浮かべたのが、ワミカ。
この四人はいつも一緒だ。
「なんでベーコン?」
「ジタローが肉をたくさんくれたから、アズ姉が試しに作ってみたんだ。めちゃくちゃ美味いぞ!」
「へえ、それは楽しみだ」
それにしても、どれも凄い量だな。
野菜は錬金農薬でガンガン育つし、ジタローも狩人としての腕はいいから、このくらい楽勝なのか。
「そうだリュウコ。せっかくだからこれらを使って何か料理を頼む」
「はい。そうですね、タマゴもたくさんありますし、メニューは……」
リュウコが料理を考えているタイミングで、生産ギルドのカウンターに並んでいた一人が、急に振り向いた。
「失礼、よろしければ、少しその食材を見せてもらえませんか?」
「ん?」
声を掛けてきたのは、中年小太りの人の良さそうな男だった。
長年冒険者をやってきたカンで、この男性はいい人だと一目で見抜く。
「いいですよ。食材に興味があるんですか?」
初対面だし、一応敬語を使っておこう。今さら感はあるけどな!
「はい。とても良さそうなベーコンと野菜だったものでつい。あ、失礼しました。私はモロハーシと申します」
男は言いながら、左手の手袋を外してみせる。
そして、俺は驚愕した。
「そ……それは! その紋章は!?」
俺だけではない。リーファンもまた驚愕する。
「う! ウソでしょ!? その紋章って!?」
俺たちだけではない。並んでいた商人や職人も、その紋章に気がついて、目を見開いていた。
「お、おい! あの紋章って!?」
「まさか! ウソだろ!?」
「俺、始めて見たよ……」
ざわつき始めるギルド内。驚愕しているのはギルド員も同じだ。
「なあ兄ちゃん。その紋章って珍しいのか?」
事情を把握できない子供たちが首を捻っている。
「あ、ああ。いいか、よく聞け。あの紋章は! なんと!」
俺はもったいつけて、溜めるだけ溜めると、紋章の名を……!
「ちーっす。クラフトさんいやすかー? 暇なんで一緒に狩りにでも……ぉえ!?」
叫ぼうとしたタイミングで、ジタローがギルドに軽い足取りで入ってきた。
台無しだよ! ちくしょう!
「ジタローさん……」
リーファンだけでなく、その場にいた全員から冷たい目を向けられるジタロー。
お前は悪くない。でも、最悪だよ!
「な!? なんすかこの空気は!?」
「あー。そのなんだ。なんでもない……」
俺は少し冷静になり、モロハーシに向き合った。
「凄いですね。まさか|料理人《・・・》の紋章持ちがいるとは」
「はは。よく言われます」
(※)料理人の紋章は、黒紋章でそれなりの確率で発生します。
ですが、さまざまな理由があり、事実上のレア紋章となります。
そのあたり、そのうち本編で出せたらいーなー。
クビを長くして待っててね★
非常に珍しい料理人の紋章持ちだったとは驚いた。
「先ほど飲食ギルドに加盟しまして、この街で店を開こうと思っているのですよ」
「「「な! なんだってーー!?!?」」」
俺を含めた、事情を知る全員が驚きのあまり思わず叫んだ。
「モロハーシさん! それは本当ですか!?」
「はい。この街がとても気に入ったので」
俺はずばっと、片腕を上げた。
「プラム! 生産ギルドはモロハーシさんを全面支援するぞ!」
「は、はい! わかりました! 手続きしておきます!」
「よし!」
うおおおおお!
ウソだろ!? 料理人の紋章持ちが作る料理を食べられるのか!?
それは、一般市民にとっては夢のような出来事なのだ!
「さあモロハーシさん! どうぞ食材を見てくれ!」
「ありがとうございます。……ああこれは良い野菜とベーコンですね。市場には良いタマゴがありましたし、これなら……」
俺たちは息を飲んで、続きを待つ。
「美味しい料理が作れそうです」
その一言で、全員がガッツポーズをしたのは言うまでもないだろう。
★
それから数日。
モロハーシさんを含めた俺たちは、中央通りの新しい店に来ていた。
「クラフトさん、こんな一等地を割り当ててもらって良かったのですか?」
「もちろんです! 今ゴールデンドーンは功績の順で土地を割り当ててますから。料理人の紋章持ちなら文句なしですよ!」
それほど、この紋章持ちが市民向けの店を開くのは凄い事なのだ。
「それではさっそく、試作品を作りますので、皆さまで召し上がってください」
「まってやしたぜ!」
「楽しみだね! クラフト君!」
「ああ!」
「どんな料理が出てくるんでしょうか?」
今回お呼ばれしたカイルも、とても楽しそうだ。
孤児たちも一緒で、全員がテーブルで今か今かと料理を待つ。
厨房からは、非常に腹の空く、スパイシーな香りが漂ってきた。
「ううう……なんでやしょう、この暴力的な香りは……おいらめちゃくちゃ腹が減るっすよ」
「大丈夫だジタロー。実は俺もだ」
「な、なんだか僕も落ち着かなくなってきました」
「食欲があるのはいいことだな」
「このスパイシーな香りは間違いなくたくさんの香辛料を使っている証拠だ。複数の香辛料を組み合わせるのは至難の業だ。それをあのモロハーシはやり遂げるというのか? いくら料理人の紋章持ちといえど、そんな神業が可能なのだろうか?
ペルシア……あんただけなんか違う。言いたいことはわからんでもないが、普通に楽しみに待とうぜ?
時間にすればそれほど長くはなかっただろう。
だが、鼻腔をくすぐる香りを浴びせ続けられた俺たちには、永遠とも思えた時間が過ぎる。
「お待たせしました」
「待ちやした! 早く! 早くその美味そうな香りの料理を食べさせてくだせぇ!!」
「落ち着けジタロー! まずはカイルからだ!」
「お預けですかい!?」
「すぐだから! ちょっと待て! ハウス!」
「ぐぅ! 生殺しでさぁ……」
皆、言葉にはしないが、同じ気持ちである。
だが、この場で最初に食べるのは当然カイルだからね!?
一応、俺とリーファンで鑑定をする。誇り高き料理人が毒など盛るはずもないが、こればっかりはしょうがない。
「カイル様。問題ありません」
リーファンがゆっくりと頷く。
「わかりました」
カイルの前に置かれたのは、とても美しい料理だった。
見慣れない茶色のスープがベースのようだが、美しく輝く野菜が中央に盛られ、さらにタマゴが絡んだベーコンが見え隠れする。
もう、見るだけで涎が止まらなくなりそうだ。
一緒に添えられているのは、パンではなくライスである。
「それでは、いただきますね。どうやって食べればよいのでしょう?」
「食べ方は自由ですが、最初はライスをスープに浸して食べるのが良いと思いますよ」
「わかりました」
カイルのスプーンが、白く輝くライスをすくい、それをスパイシーな香り漂うスープに浸す。
ゆっくりとそれを口に運ぶと……。
「こ、これは……」
カイルの目が開かれ、俺たちはそれを涎を垂らしながら目で追う。
どうなんだカイル! 美味いのか!?
「びっくりしました。こ、こんなに美味しい料理は初めてです!」
「「「「おおおおおおお!!!!」」」」
そうか! 美味いのか!
早く……俺たちにも早く!!!
「辛い料理なのですが、信じられないほど味わい深く、後を引きます。これならいくらでも食べられそうです! そうだ、マイナには少し辛いかもしれないね」
「甘口にも出来ますよ」
「では、マイナの分は少し甘口にお願いします」
「かしこまりました」
そこでジタローが耐えきれず立ち上がった。
「も、もういいっすよね!? 辛い料理なら、おいらのは思いっきり辛くおねげぇしやす!」
「わかりました」
やばい! 乗り遅れてなるものか!
「俺はオススメの辛さで! 大盛りで! 大盛りでお願いします!」
「はい」
「あ! ずるいよクラフト君! 私も大盛りでお願いします!」
「はい!」
「まずは店主が一番美味しいと思う辛さで頼む。私の盛りは普通でいいぞ」
あれ? てっきりペルシアは大盛りを頼むと思ったんだけど……。
「それを基準に、私の好みの辛さをお代わりさせてもらおう」
!?
しまった! そんな手が!?
「あ! やっぱり俺も普通盛りで!」
「わ! 私も!」
「はい。かしこまりました」
穏やかに微笑むモロハーシ。
子供たちもとりあえずオススメの辛さを頼むようだ。
そして、俺たちの前に、料理が並ぶ。
「もう我慢できねぇ!」
俺は全てを投げ捨て、蠱惑のスープに飛びついた。
……。
それは……、宇宙だった。
「やべぇ……美味いなんてもんじゃねぇ……。この辛いのに滅茶苦茶複雑でスパイシーなスープが、野菜と絡み合い、今まで見た事もない宇宙へと誘う……」
「美味いっす! 辛いっす! でもたまらないっす! お代わりっす!!」
「な、なんという料理だ! いったいいくつの香辛料がブレンドされているというのだ!? 普通ならこれほどのスパイスが混ざれば雑多な味になるだけで、うま味など感じる余地もないはずなのに、この完成された深みのある味わいは——」
ペルシアも壊れてるな! だが気持ちはわかる!
「……美味しい……」
無口なマイナですら、思わず笑顔だ!
「うめー! なんだこれ! 本当に俺たちの作った野菜なのか!?」
「ちょっと辛いけど、すごく美味しいです!」
「ベーコンとタマゴってこんなに合うんだね!」
「からうま~」
子供たちも大満足のようだ。
「……く。料理に関しては紋章持ちにも負けないという自負がありましたが……この料理に関しては完敗です。似たものは作れると思いますが、どこまでこの完成度に近づけるか……」
なぜかリュウコだけが戦慄していた。
いや、一品くらい味で負ける事もあるだろ。落ち込むなって!
先に食べていたカイルが、最後の一滴まで飲み干すと、幸せそうな汗が顔を流れる。
満足そうにスプーンを置くと、ごちそうさまでしたと、小さく呟いた。
そして、俺たちのがっつく様子を嬉しそうに眺めていたモロハーシへと顔を向ける。
「そうだ。モロハーシさん。この料理はなんと言うんです?」
モロハーシがゆっくりとカイルに顔を向け、満面の笑みを浮かべた。
「これはスープカレー。私の故郷の料理です。そうですね……特にこの組み合わせなら……」
モロハーシは、ふと窓の外に目をやる。
毎日のように響いてくる、トンカチやのこぎりのリズム。
日々大きくなる喧騒。
ここは最果ての開拓地。
「開拓カレーという名前はどうでしょう?」
★
もちろん。
オープンしたモロハーシの店は、初日から大盛況だった。
当たり前だ。あんな美味い料理、毎日だって食べたいだろ?
俺はあまり食べに来れないカイルに悪いと思いつつ、その日も、店の行列に並んでいた。
そして店の看板を見上げる。
スープカレーカムイ。
最高の名店が、ゴールデンドーンに誕生したのだった。
ーおしまいー