ごめんな……約束破っちまって
2017年08月19日 (土) 18:32
生きて帰る……それはこの戦場から、どうしようもなく勝ち目の無くなった悲惨な現状から逃げ出すってことだ。

だけどな、それは出来ない。

別に無理って訳じゃない。現に上官殿は真っ先に逃げ出したし、指揮系統はバラバラ、前線は完全に崩壊していて、逃げ出してない味方の方が少ない位だ。

でもな。

ここでやつらを通せば、あいつの村が蹂躙されるのは目に見えてる。距離はここから半日も無い。ここの砦を抜ければ遮るものはなにもない。

なら……逃げる訳にはいかないさ。


◆ ◆ ◆


開戦前は楽観視されていた。今考えれば何らかの策に嵌められていたのか、不自然なまでにここの砦の配置兵数は少なくされ、その分前線へまわされた……俺の同僚達が渋々向かったあの戦地へと。

俺が砦に残ったのは単なる偶然だ。少しだけ上官の覚えが良かった。尊敬するには程遠い奴ではあったが、恙無く兵役を過ごすために賄賂(現金ではなく菓子類だが)をちょくちょく献上していた。思いのほか喜ばれていたのだろうか。

だがそれも特に意味はなかったのだろう。今や目と鼻の先に迫る軍勢は此方の数十、いや数百倍の規模で押し寄せてくる。前線はこの砦となったのだ。まるで戦う準備も整っていなかったこの砦に。

あの甘味好きの上官殿は「話が違う!」と喚いていた。そして俺に砦にいる兵員を全員集める様に指示し、……そして姿を消した。金庫の中身と共に。結構な肥満体であったのに素早い事だ。

その事実はすぐに知れ渡り、元より戦う覚悟の無い奴らもこぞって逃げ出した。上官の腰巾着どもだ。置いていかれるとは思っていなかったのか、それはもう憐れなほどに狼狽えていたが、もうどうでもいい。

結局残った中で、階級が一番上だった俺が指揮することになった。とはいえやれることは少ない。今この砦にあるのは前線に送るはずだった補給物資と、心許ない年代物の防衛設備。ついでに兵員は通信兵や衛生兵が大半だ。新兵も多い。

同僚達が向かった戦地からの連絡は無い。いや、あったのかもしれない。敵兵が押し寄せる前、上官が腰巾着どもに何やら怒鳴り散らしていた。馬鹿を言うなとかあり得ないとか……チッ。あいつらが向かった先から敵はやって来たんだ、無事なはずはない。

「あ、あの……隊長、こっ、降伏は……出来ませんか?」

新兵の一人が震えながら呟くように尋ねてくる。無理もない、普通ならばこの場で処罰されてもおかしくない言動だ。俺はある意味勇気のある新兵を見やり、こういった。

「無駄だ。どうやらあの逃げ出した上官殿は敵と通じていたようだ。そしてまんまと踊らされ、敵軍勢を招き寄せることになった。そんなところだろう」

「え……」

「つまりこの砦の情報は敵方に筒抜けだった可能性が高い。そうなれば捕虜にしたところで価値はない。皆殺しだよ。都合よく人員も最低限に減らされているしな」

新兵は絶句して立ち尽くす。俺は多少ひきつった笑みを浮かべながら、新兵の真新しい装備をバシバシと叩いた。

「まぁなんだ、中央からの増援があと2~3日でこちらに到着する手筈になっている。それまで耐えりゃなんとかなる」

「に、2~3日……」

「食糧ならたんまりある。少なくとも餓死することはないだろうさ」

我ながらひどい言いぐさだとは思うが、今のところ明るい話題がそれしかない。実のところ、この砦の食糧事情は完璧だ。あの太っちょ上官殿が中央に手を回して充実させていた。そんなところだけ有能だったが、有難いとは思わない。何故ならその分防衛設備費が削られていたからだ。アホか。

お陰で年代物の設備を騙し騙し使い続け、無駄に修理や補強技術の腕が上がってしまった。武器より釘やハンマーを持つ方がしっくりくるほどだ。俺は工兵じゃないんだがな。

「隊長!通用路及び全ての門扉封鎖を完了しました!」

おっと、ギリギリだが間に合ったか。一応この砦は前の戦争では難攻不落と呼ばれた堅塁だったそうだ。正面の門を抜かれなければ、そうそう敵を寄せ付けるものではない……はずだ。

何せ前の戦争は100年近くも前だ。その頃は難攻不落でも、今もそうとは限らない。そして設備の更新や保全はあの上官が配属された後、5年以上されていないらしい。俺がここに来たのは3年ほど前だが、その時からボロボロだ。

それに懸念材料がもうひとつ。しかしこれはどうしようもない。

「よし、全員配置につけ。必ず二人一組でな。大丈夫だ、この砦は落ちはしないし、必ず助けはくる」

そう。確かに増援はくる。しかしその数はそれほど多くはないはずだ。中央は未だ前線の崩壊を知らず、増援は第一陣を補佐する程度の数が来るのみ。それは砦に迫る敵軍を追い払うに十分と言えるものではないのは明らかだ。

しかも中央よりここまでには徒歩で一週間はかかる。輜重を曳きながらの兵列ならば更に鈍足となる。そんな増援部隊が中央を発ったのが5日前。

どうやら2~3日で助けが来る保証はなさそうだった。


コメント全4件
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duchesnea
2018年06月06日 15:15
感想欄から来ました。
小説ではなく活動報告に設置するとは、意識高いですね。
退会済
2018年02月22日 19:12
チクショー、感想欄をぶらついてたら
妙なところに迷いこんじまった
こいつはとんだバカンスになりそうだぜ
(面白いです)
ぜにがめ
2017年12月30日 10:49
前の方と同じく感想欄から来ました。まさかこういう風に読み物を設置されてるなんて、粋な仕掛けで面白かったです。楽しく読ませていただきました。
……救いは無いんですね(´・ω・`)
退会済
2017年11月16日 11:10
感想欄で名前を見つけて面白かったのでなんとなく読みましたが、面白いです!