これはきっと神を○○すまでの物語
2011年08月31日 (水) 20:18
 公開は当分先になるでしょうが、現在少しずつ書き溜めてるもののプロローグが完成したので先行公開ですw
 一章完結したら公開予定。きっと数ヶ月程は先になると思う。
 そろそろ他の小説も更新しなきゃなぁ。




 五感再現型特殊ゲーム。俗に言うVRG――ヴァーチャルゲーム――、その中でも二年程前に登場したVRMMORPGのソフト、ワールドウォー。
 特に真新しい何かがある訳じゃない。そもそも、過去百年程も続くMMOの歴史の関係上、大抵の案は出尽くされた感が強い。
 昨今じゃそのお陰も相俟ってVRMMOも客層がバラバラとなっていた。その中でも比較的多くのプレイヤーを抱え込む事が出来たのが、そう、ワールドウォーである。
 名前の通り、このVRMMORPGは戦争を軸としていた。言うなれば、対人戦の色が強いとも言える。
 更に特徴的なのが年齢層毎へのグラフィック制限設定だ。全年齢、十二歳、十五歳、十八歳、二十歳と区分されている。

 年齢未満であれば上の設定は出来ないが、下の設定は可能だ。全年齢はグラフィックのリアル性が少し欠け、ややファンシー色が強くなり、十二歳は戦闘時の傷や損傷がポリゴンではあるものの、リアル性は大分向上。
 十五歳で本来のグラフィックのリアルさを取り戻し、戦闘の損傷もポリゴン表示ではなく、傷も再現されるし、死体も発生する。
 十八禁になればそこに流血表現、性的文章や表現が加わっていく。最後の二十歳はそれに痛覚が付与される。痛覚と言っても本来の何十分の一の程度、それでも万が一の為に同意事項に同意する必要があるが……
 戦争を軸にしているだけあり、クエストも乱闘から小規模紛争、果てにはNPCの大隊相手の大立ち回りまで規模は様々だ。
 その中でも目玉のリアル時間で月に一度行われる“ワールドウォー”、世界戦争はその規模で一番を誇る。

 プレイヤーはレベル上げやクエストをこなしていく傍ら、やがて様々な形で存在する何かの組織に属することとなる。
 それはプレイヤーが作るギルドもしかりだが、NPCの運営する幅広い組織も含まれている。
 世界戦争はそんな多くの組織が利権やその他を賭け、大々的に争う戦争を指す。やや設定に無理が見られるものの、そこはゲームだからと割り切ってしまえば問題ない。
 プレイヤーだけではなく、NPCも混じっての大戦争。期間は現実の時間で三日、一日毎に戦場が指定され、そこで無数の組織がぶつかる。
 その参加者は実にプレイヤーだけで万を超え、NPCを考慮すればどれほどになるか予測もつかない。
 事前に他の組織と手を組むもよし、一組織だけで立ち回るもよし、“傭兵”として参加してもいい。それぞれメリット、デメリットがあるのだから。
 成績順で恩恵が与えられるこのワールドウォーは、毎回盛大な盛り上がりをみせる。そしてそれは代二十四回目“世界戦争《ワールドウォー》”である、今回も例外ではなかった………





『こちら“神を殺す者”ギルド長、アリスティア。ガイノゼロス殿、聞こえていますか?』
『ああ、聞こえている。問題はない』

 野営場である広大な草原の一角より数百メートル離れた、全体を見渡せる小高い丘で聞こえたボイスチャットに返事を返す。
 神を殺す者、俗にゴットイーターと呼ばれる大組織の長、“蒼のアリスティア”と呼ばれる女傑相手に、その声音はいっそ不遜と言って良いほど気遣う思いも、尊敬の念も込められていなかった。
 一瞬後聞こえる、『相変わらずですね』と、そうアリスティアが告げたことから赤の他人と言う訳ではないと知れよう。

『ガイノゼロス殿も知っている通り、今回の世界戦争は丁度二年目と言うこともあり、その上位成績の恩恵も大きい。確実にトップ五には食いつき、あわよくば首位を狙う。その為に貴方、“傭兵王ガイノゼロス”を雇ったのだから』
『傭兵王、か』

 アリスティアの口にした二つ名にガイノゼロスの口元が歪み、笑みの形を作る。精悍な、彫りの深い顔立ちが笑みに染まるのと同時、小さく犬歯が顔を覗かせる。
 彼は別に目指してそうなった訳ではない。組織やギルドに属するのも、コミュニケーションが面倒だったにすぎないのだから。
 ただ、世界戦争や、その他のイベントで手に入る特典はガイノゼロスから見ても魅力あるものだった。結果的にフリーランサー、傭兵として活動しているうちに、やがてその実力からそう呼ばれるようになっただけである。

『その傭兵王に、大組織の長であるアリスティアは何を望む? 貰った対価分はしっかり働くが、対価以上は逆に言えば動かないぞ』

 傭兵王と呼ばれる前から、ガイノゼロスが対価以上に働かないのは知られる内容だ。
 無論、それはアリスティアとて知ることだし、そもそもその付き合いは既に一年以上と、かなり長いのだから、それなりにガイノゼロスのことを理解していた。

『喜んでいいのよ。仕事の内容は“暴れなさい”、それだけ。貴方にとって最高の内容で、最高の相性でしょう?』

 そう言うや否や、妖艶な忍び笑いがボイスチャットから漏れ出る。思わずアリスティアの蠱惑的な容姿、肉体を思い出す。
 紫色に輝くロングストレート、常に笑みを崩さない赤い唇。やや切れ長の涼しげな蒼の瞳。白い肌、肉感的肢体。
 そこに職業“古代魔導師《エンシェントウィザード》”専用の、露出度が高い装備。押し上げる胸元は見事な山を描き、男なら生唾ものだ。
 美女と言う表現がすんなりと受け入れられる女。容姿はともかく、性別はVRMMOでは偽れない。長い付き合いになるが、中々に自分を分かっているようだと心の中で笑う。

『ああ、正解だ。正解だよ。それでいい、俺に下らない命令も、作戦も必要ない。ただ、目の前の有象無象を蹴散らし、踏み砕き、地に這わせるのが俺の本質。久し振りに気持ちの良い戦争が出来そうだ』

 正々堂々の正面対決であれば、システムのバランス上、複数を一人で相手取るのは厳しいと言わざるをえない。が、乱戦であればその前提を覆す方法もあろうと言うものだ。
 そして再び浮かべた笑みはしかし、どこまでも暗く野生そのもの。獣《ケダモノ》の笑み。思い出すのは自分が繰り出す一撃で地に沈み、驚愕の表情を見せるプレイヤー。
 必殺の一撃をあっさり回避し、防いで見せたときの滑稽な顔。何より、強者との心踊る一戦はなによりガイノゼロスを満たしてくれた。
 何時だって付き纏う、世界が色あせて見える不思議な感覚、湧き上がる枯渇感。それは餓えにも似ている。
 それが戦場に居る間、誰かを、あるいは魔物と闘争を繰り広げている時だけ安らいだ。呼吸するのと同じくらい、戦闘は己が一部であった。

『頼もしく思うよ、貴方のその気質。でも、どうして今の時代に生まれてしまったんでしょうね』

(どうして今の時代に、か……)

 それはガイノゼロスとて何度も考えたこと。自身が異常者であると明確に自覚してるからこそ、どうしてこの時代に生まれたのかと疑問に思う。
 戦闘に快楽を覚えるなど、それは命のやり取りを是とするに等しい。そして恐らく、己は人を殺すのに躊躇いがないとも分かっていた。
 せめて、戦国の世で生を受けていればと何度夢見たことか。彼が、ガイノゼロスが生きるには。倫理や論理に固められた今の世はあまりに息苦しかった。
 それでもギリギリの淵でガイノゼロスを繋ぎ止めているのが、このVRMMOだ。どんなに精巧で精緻な世界になろうとも、どうしても拭えない非現実感。
 戦闘と言っても命を脅かさない程度。正直、餓えを満たすにはあまりに役不足ではあったが、人一倍異常者ながら理性に優れていた為に、未だ二十七の歳を迎えながらも一線を踏みとどまっている。


 ただの異常者なら今の時代珍しくもない。人を殺す事に、罪悪感を殆ど覚えないだけなら今の世、まさに掃いて捨てる程居る。
 VR世界と言う、合法的に擬似的な殺人が可能な世界の登場は、若者を対象にその倫理の鎖をあっさり砕いてしまった。
 今では色々と規則や法律が制定されているものの、その生み出す巨万の利益は手放すにはあまりに大きすぎる。
 容易く千切れる程度の法の首輪など、大した抑止力を持たない。表ではにこやかな笑みを浮かべ、VRでは殺人に手を染める。表裏の激しい若者が急上昇、世界は確実に腐っていた。
 しかし、結局はどれもモラルの緩みから受けた影響に毒されただけであり、ガイノゼロスのように本能から、ファンタジックに、あるいはオカルトに言えば魂からソレを欲する者は居ない。
 極一等の異常者、バトルジャンキーである本質を知る数少ない一人こそ、アリスティアだ。知ってなお変わらない態度は、ガイノゼロスとしても好ましい。
 だからこそこうして優先的に依頼を受けているのだから。


『生まれてしまったものは仕方ないさ。これでも何とか折り合いをつけて生きてる。無駄話はこれくらいでいいだろう?』
『そうね。私はクライアントで、貴方は雇われの身。こんな掛け合いは必要ないわ。それじゃあ傭兵王、期待してるわよ』
『任せとけ。戦場に特大の血の花を咲かせてやるさ』

 それを最後にブツリと、ボイチャットが遮断される。ワールドウォーまで残り三十分を仮想ウィンドウから確認し、装備の最終点検をしていく。
 過去のワールドウォーで手に入れた、それこそバランスブレイカーと呼べる武器や防具は装備できない。出来てしまっては、同じ者が常連として上位に食い込みかねないからだ。
 それを考慮しても、ガイノゼロスの装備は特一級品。クローズドベータからプレイしてきたのは伊達ではない。このサーバーで一桁しか、あるいは片手でしか確認されてない装備の数々。
 高レベルボスの素材でしか作れない、回復の秘薬エリクサー。各属性毎に魔法ダメージを大きく軽減させる、高レベルアルケミストのみ調合出来るブーストアイテム。
 他にも無数、筋力アップや速度アップ、自動回復付与やら様々な、それこそそれら回復、ブーストのアイテムだけでベテランの財産を何度も食い潰す品の数々を、思考ショートカットにセッティングしていく。

 たっぷり時間にして二十五分程かけ、スキルの設定、ショートカットの確認。脳内シミュレーションを繰り返し、余った時間を精神統一のあてる。
 別段精神統一に特殊な効果がある訳ではないが、ガイノゼロスにとっての一種、それは儀式だ。
 雑念を追い払い、クリアになっていく思考。目の前の戦場だけを考える脳。そのなんとも言えない、まるで己が別の人格に切り替わるかのような感覚を、ことの他気に入っていた。
 精神統一を終え、ウィンドウに視線をやればもう一分もしないで時刻だ。丘に座っていた腰を持ち上げ、長大な両手剣を肩に担ぐ。
 この丘は戦闘区域ギリギリの端だ。戦闘初期のぶつかり合いを避け、乱戦になるまで戦場を見渡す事が可能である。
 見れば同じようなプレイヤーが何名も別の丘、あるいは戦場の端で見られた。恐らくワールドウォーを幾度となく経験してきた猛者だろう。
 ここら辺の陣地は全員味方の為、内心で頼もしいことだと呟き、そろそろかと思考を切り替える。

【これより、三十秒後にワールドウォーを開始致します】

 告げられる強制的なアナウンスが終わるのと同時、上空にデジタル式の数字が現れ、徐々にその数字を零へと近づけていく。
 深呼吸を一つ、湧き上がる戦闘への衝動を押さえ込む。そして遂にその数字が零へと変わり、各陣地の境界線を守っていた不可視のバリアが消え去った。

(世界戦争《ワールドウォー》の始まりだッ!)



『総員、かかれェッ!!』
「「おおおおぉおぉおぉおおッ!!」」

 拡声器の課金アイテムの効果により、辺り一体に拡声されるアリスティアの声。一瞬にして、そう。一瞬にして穏やかな草原は変貌した。
 先ずは壁役の第一陣が展開。北東及び北西に迅速に展開される高レベルの壁役のプレイヤー達。ワールドウォーにおける陣地は運。そして今回は四隅の一角を見事勝ち取っている。
 ワールドウォーでは斜めと言う概念がない、常に東西南北にしか攻勢を仕掛けられない、陣地が正四角として定められているからだ。

『弓兵構えッ!』

 アリスティアの指令に後方の弓系の職に就いている者達がそれぞれ構えをとる。相手もなんらかの動きを見せるが、二面以上の展開を掌握するのは厳しい。
 四面であれば正直乱戦に即座に持ち込まれ、消耗戦となっただろう。が、優秀な前衛が二面、いや、三面までなら確実に持ち堪えてくれる。
 拡声器とメンバーチャットのコンボで指示の内容は漏れていない。ここで先手を打てば有利に立てる、そうガイノゼロスですら理解した時――――

『放てぇッ!!』

 鋭い一声が攪拌《かくはん》し、即座に弓隊が矢の雨を降らせる。百名に迫る数の弓職、更にスキルの恩恵による速射。豊富な矢は尽きることを知らない。
 豪雨のように降り注ぐ通常攻撃、矢の嵐は二正面の陣地を瞬く間に食い荒らす。

「反応が早い。北東の指揮官はいい腕だな」

 ガイノゼロスの呟き通り、混乱する北西の相手とは違い、北東の相手は即座に魔法を使い矢を逸らしてきた。
 矢がまるで横殴りの風に吹き飛ばされるような光景から、風系の魔法と辺りを付ける。

『槍兵ッ、構え! 突けェッ!! 続いて、魔法隊、詠唱準備、三十秒後、弓隊と交代せよッ!』

 まるで軍隊。一糸乱れぬ動きで即座に前衛の構える盾の隙間から槍隊が猛威を振るう。パイク系の長槍のリーチは優に三メートルを超える。
 繰り出される一撃が相手の前衛の体力を削り、血飛沫を撒き散らす。思わず慌てて相手が後退すれば、前衛の中でも遠距離系スキル持ちが即座に追い討ちを放つ。
 ある程度前衛は前に詰めても、出すぎにはならない。陣地に深入りしすぎると、最悪別の陣地から攻撃される恐れがあるからだ。
 完全攻勢に出るのは乱戦で殆どの陣地が潰れた後、それまでは襲い掛かる火の粉のみ相手するのが常套。

『魔法隊、うてぇッ!!』

 アリスティアの怒声にも近い声が響き渡るのと同時、空が無数の光に包まれた。大火球、氷の槍、雷撃、水の波濤、地割れ、一斉に巻き起こる人為的自然災害。
 こと範囲と威力において右に並ぶことなき魔法による絶対的暴力。それが相手の陣地をあっと言う間に舐め回すように暴れ狂う。
 凄まじい光量と、爆破音がガイノゼロスの耳を衝撃すらともなって打つ。相手の陣地に思わず同情すらしてしまいそうだ。
 素早い弓隊による攻撃で、相手の魔法の詠唱を殺ぎ、即座にこちらが先手を打つ。MP消耗をあえて度外視した電撃戦。
 泥沼な消耗を抑えた近接戦だろうと、結局は回復魔法、アイテムを消耗するのだ、士気を保ちやすい“派手な戦果”を期待できる、こちらを採用するのは至極当然だった。

「北西は終わったか。さて、と……このままただ飯食らいといく訳にもいかねぇよな。一暴れ……するとしますか」

 獰猛な笑みが浮かんでいると自覚しつつも、即座にアリスティアにボイスチャットを送りつける。

『こちらガイノゼロス。随分北東に苦戦してるじゃねぇか。そこで提案なんだが、俺が突っ込んで、そのまま撹乱まで持っていく。余裕があれば指揮官を潰してもいい、どうだ? このままでも押し切れるだろうが、どんな反撃があるかもわからないだろう。それに、MPの消費も馬鹿にならないだろ。まだまだ世界戦争は開始したばかりだぜ?』

 一分経つ、返事はない。恐らくアリスティアは全力で脳内で計算しているだろう。ガイノゼロスの提案した案、その結果がどうなるのか。
 普通に考えればありえない。無理無謀、武勇と蛮勇は違う、勇気と無謀は別物である。本来ならとり得る筈のない案が、ガイノゼロスと言うだけで輝きを見せてしまう。
 特一級の異常者に、神は皮肉な事ながらVR操作と肉体運用の才を与えてくれたらしい。
 
『その案、受け入れよう。支援魔法は必要か?』
『いや、必要ない。手持ちのブースト使うからな。上書きされちゃかなわん』

 一部の魔法、アイテム以外、同じ効果は重複しないのが基本。そして高位ブーストアイテムは並大抵のバフを上回る効果を発揮してみせる。
 魔法によるバフの利点は効果時間の長さ、そして切れても即座に掛けなおせる点だ。
 逆にアイテムは効果時間がやや短く、作る手間暇も鬱陶しい。オークションで購入するのも一つの手だが、どうしても原価以上の値段は避けられない。
 メリットとしては高位のアイテムなら、それこそ魔法を上回る効力を発揮する点だろう。一部のブーストアイテムなど、他のアイテムとの重複まで出来る。
 ガイノゼロスは基本自らの足で素材を探し、そして知り合いに調合を頼んでブーストアイテムを作ってきた。貯蔵してるのは使う機会が少ない為であり、今こそ惜しみなく使うべき時だ。
 使わないアイテムになど、なんの価値もないのだから……

「このレベルのブーストを使うのは久々だな……」

 次々と湯水の如く消費されるブーストアイテム。同時に湧き上がる万能感、全能感。事実、どのステータスも素の状態とは比べるまでもない上昇を見せている。
 HP二倍、SP一・五倍、常時自然回復量上昇、毎秒一パーセントの自動回復、筋力などの肉体的ステータスは無論、魔法に対する耐性であるMD、マインドディフェンスも大幅な上昇をしている。
 更に物理クリティカル率五十パーセント上昇の秘薬、クリティカル防止の秘薬、各状態異常への絶対耐性を持つアイテム。
 アルケミストでも一握りのものしか調合出来ない、超レアブーストを惜しみなく使い、凶悪な笑みを浮かべる。
 
「さってと、ここからが俺の戦場だッ!!」

 グッと下半身に力を込めれば、鍛えられた脚部の筋力が目に見えて膨れ上がる。同時、地面を蹴り飛ばせば一瞬でトップスピードへと至った。
 一歩踏みしめる度地面が抉れ、草と土が空を舞い踊る。アクティブスキル高速思考により、高機動状態にも関わらず周囲の動きはやや緩慢だ。
 主観時間で二、三分、実際にはその半分にも満たない実時間で前衛が集まる位置にまで到達。腹部に力を込めた瞬間、拡声器すら必要としないくらいの大音量が戦場を駆け抜ける。

「死にたくない奴はどけぇえぇえッ!! 傭兵王のお通りだァアアッ!」

 気合一声、味方がモーセの十戒のように距離を開けた瞬間、両手で持った両手剣に力を込める。漆黒の艶消しの刃に薄青のオーラが充電されていく。
 ボッ! と音がしそうなほどに膨れ上がる腕の筋力。血液が暴れるように肉体を駆け巡り、全身の血管が浮き上がる。
 アクティブスキル、バンプアップによるグラフィック効果。歯を食いしばり、地面を四股を踏むかのように“踏み砕く”。
 臨界点まで高められた力、とあるスキルの使用前提条件の溜め時間を経て、終にガイノゼロスの誇る数少ない遠距離攻撃の一つにして、超凶悪スキルが放たれた。

「アースッ……ブレイカァアアァアアッ!!」

 空気すら振るわせる肺活量と同時放たれた|大地砕き《アースブレイカー》。白いエネルギーが振り下ろし、地面を砕いた剣先から迸る。
 扇状にまるで雷のような軌跡を辿って広がり、道程の地面を一瞬で粉砕しなぎ払う。範囲距離五十メートル以上を誇るスキルを放たれ、十数名の前衛、後ろに控えていた近接職があっと言う間に巻き込まれ、宙を木の葉のように舞った。
 バチバチよ白光の残滓が踊り、次々地面に叩き付けられる者達。一瞬でレッドゾーン近くまでHPが減った者も多い。

「まだっ、まだァッ!!」

 更にもう一度振り上げられた両手剣を振り下ろした瞬間、まったく同じスキルが発動。道程をなぞるように白き紫電は大地を噛み砕く。
 クールタイム十分のスキル、追撃(真)による一つ前に発動したスキルを前提条件無視で再発動する凶悪スキルによる効果だ。
 ただでさえ破滅的な攻撃力を誇る職業“武神”だと言うのに、ブーストまでされたスキルだ、一撃ですら致命傷、魔法職なら即座にお陀仏。
 それが連続で間髪入れずに放たれた。土煙が舞う視界が晴れるのと同時、光の粒子が空を昇っていく。プレイヤーが死亡した際に起きる現象。
 僅か数十秒足らずで実に十名以上の前衛が死に絶えた瞬間だった――――

「おぉおおぉおぉおおおッ!!」

 そんな己の戦果に満足することもなく、雄たけびを上げて敵陣に突っ込む。アースブレイカーにより出来た空白を一瞬で駆け抜け、目に見えた近接職の女の首筋に全力の横薙ぎを見舞う。
 首筋の一撃により、強制クリティカルが発生、斬り飛ばされた首が驚愕で凍りついたまま吹き飛んでいく。
 まるで竜巻。暴れ狂う暴風と化したガイノゼロスがその黒塗りの愛剣“|黒き星《ダークスター》”を振り回す。
 二メートル近い、両手剣としてみても異常なリーチはその長身と相俟って対峙する者にとって、致命的なまでのリーチを誇る。
 轟ッ! と唸りが上がる度、瞬く間に鋼に守られた肉体が、武器が、盾が、容易く粉砕された。ダークスターの武器防具破壊(強)の効果は、接近戦において無類の強さを発揮して見せた。
 
「く、食い破られた! 前衛が突破されたぞッ! 急いで制圧しろッ!!」
「おせえェッ!!」

 目の前の凶事にようやく我に返った一人が叫び、敵も味方も動きだす。だが、遅い。また一人葬り去り、更には既に地を這うようにガイノゼロスは走り出している。
 返り血に黒の皮鎧は染みを作り、顔の半分は深紅に染まり、鬼のような壮絶な狂乱の笑みが浮かんでいる。
 
「オラァっ! 雑魚は引っ込んでろ!!」

 ガイノゼロスを止めようと有象無象が集まってきたのと同時、身を最大限に捻り、ダークスター毎駒のように肉体を回転。
 発動したスキル、竜巻斬の効果により真空の刃が無数に、旋風をガイノゼロスを起点に発生。
 ヒュッ、ヒュッ、と聞き取る事すら難しい音と共に、視認不可能な刃があっと言う間に不可視の防壁を作り出す。

「う、うわぁあぁああッ!?」
「く、クソッ! なんて威力だ!?」

 痛覚設定をオンにしていた者が、真空の刃に腕を斬り飛ばされ、あふれ出る鮮血と共に絶叫を上げ、自慢の防御ですら次々削られる無数の刃に、聖騎士の一人が悪態を吐きつける。

「怯むな! 所詮相手は一人だぞ! どう見ても前衛だっ、魔法の集中砲火で沈めてやれッ!」

 部隊長らしき男の指示により、後方から次々魔法が放たれる。

「小技など効かぬッ!!」

 ぶんッ! とダークスターを摺り上げるように跳ね上げれば炎の塊が霧散し、腹で空気を叩けば大気が押しのけられ風の魔法が逸れる。
 雷の一撃が肉体を直撃するが、防具とブースト効果により一割も削る事が出来ない。次々と降り注ぐ魔法の弾雨に、これではキリがないとガイノゼロスが走り出す。
 
「おぉおぉおぉお!!」

 全身に力を込め、スキル“フォートレス”を発動させ真っ直ぐ突き進む。三十秒間だけだが、受けるダメージを九割カットする優秀なスキルの恩恵により、魔法を無視してダークスターを振るう。
 一振り、二振り、続けざまに振るわれた連撃がガイノゼロスの周囲から人という人を排除してみせる。
 それを確認し、ダンッ! と地面を左足で踏み抜き右足下げる。ダークスターを両手で持ち上げそのまま上段後ろに構え、そっと左手を沿える構えを取った。
 示現流に置ける蜻蛉、あるいは八双に近いその構えをとれば途端に剣に集まりだす白き光。チャンスと魔法が肉体を打ち据えるが、フォートレスの効果と、自動回復がそのHPを削らせてくれない。
 いよいよ光が最大まで高まり、バチバチと暴れ狂い始めた瞬間、全身の筋肉が膨れ上がった。クールタイムを回復させたバンプアップにより、驚異的な筋力を得ると、そのまま爆発の如き速度でダークスターを振り下ろす。
 
「アースッ――――ブレイカァアァァアァッ!!」

 地面が爆ぜた。暴力的なエネルギーにより、破砕した地面が土を撒き散らし、剣先から膨大なエネルギーが獲物を求めて這い彷徨う。
 うねるように突き進み、扇状に存在するプレイヤーに襲い掛かる。白色の紫電で肉体の自由を奪い、物理的衝撃で宙に吹き飛ばし、地面に叩きつけていく。
 追撃――と行きたかったが、残念ながら再行動用スキルは現在冷却タイム中だ。内心舌打ちをかましつつ、己が巻き起こした阿鼻叫喚の絵図が治まる前に走り出す。

「悪いが撹乱が俺の仕事でね、とことん付き合ってもらうぜぇえぇえっ!!」
「――グッ」
「ほぉっ、俺のの一撃を受け止めたか。良い腕をしてる、が……甘めぇッ!」
「なっ!? ッガァッ……」

 上段唐竹の一撃を正面から見事受け止めることに成功した騎士だったが、続いて襲った飛翔脚が腹に突き刺さる。
 状態異常眩暈が発動したのだろう、口元からだらりと涎を垂らし、一歩、二歩を下がっていく。

「そらっ、終わりだ」

 ビュッと、何か風を切る音がしたのと同時、騎士の首が宙を舞った。
 強制クリティカルが発動する首への攻撃であり、特殊スキル“ヴォーパル”は首に対して非常に攻撃力の高いスキルだ。
 強化されたガイノゼロスであれば、容易く最高レベルの前衛を死に追いやれる。そのままボールを蹴り飛ばすように頭部を殴り飛ばし、近くに居た弓兵にプレゼントしてやった。
 どんな設定でも、一応グラフィックとしては見える頭部。全年齢でも、血やリアルさこそ違うが例外ではない。

「――ヒッ」

 思わず受け取ってしまったソレが、人の頭部であると知り、女性の弓兵。職業義賊が悲鳴を上げる。

「戦場じゃソイツはでけぇ隙だ」

 一瞬で詰め寄ったガイノゼロスが囁く様に耳元で声を放つ。ビクリと、耳に触れた風の感触に女性が震える。
 「良い反応だ」と口にし、そのまま抱きしめるように頭を腕で抱え込む。

「次会うときはもうちょっと精進しておけ、じゃあな」

 ――ゴキリ、と。何かを折るような音が響き、ガイノゼロスが両手を離せば女性の体が地面に崩れ落ちる。
 見ればその首はあり得ない角度まで曲がっており、一瞬後には光に包まれ空に消えていった。
 後衛火力のHPは低く、防御もそう高くない。ガイノゼロスのクリティカルはまさに致命打だったろう。

「止めろ止めろ! たった一人に何をいいようにされているんだ!! 相手が傭兵王とは言え、所詮プレイヤーだ! 一人で駄目なら十人で、それで駄目なら一斉に押しつぶせッ! 魔法と弓隊は足止めしろッ!」
「あれが指揮官か……」

 大分敵陣地深くまで切り込んでいるが、それより更に奥、やや小高い丘に一人のプレイヤーの姿が見えた。重装備に片手剣、盾、恐らくは盾役の前衛職だろう。
 パーティーチャットすら忘れているのか、その声は肉声となってガイノゼロスに居場所を示していた。
 そう考えたのと同時、ビュッと何かが飛来。それを腕の一振りで叩き落す。地面に落ちたソレに視線を移せば矢だと判明した。

「このまま適当に暴れるだけでも十分だろうが……折角だ、その首は俺が貰い受けてやろう」

 チラリと背後を振り向けば既に前線は拮抗から、ガイノゼロス側に大きく傾いている。アースブレイカーの切り口から一気に突破したのだろう、前衛火力職が暴れているのが見えた。
 それを見届け一気に走り出す。重力すら食い破るかのような身の軽さ。重さ数十キロの鉄の塊であるダークスターを片手でありながらその速度。
 増幅された筋力がなくともこの程度は可能だ。立ちふさがった前衛職を蹴り倒し、その背中を踏み台に大きく跳躍、徐々に後衛職の混じり始めた密集地帯の一角を強襲。
 太陽を背にその視線を潰し、着地と同時に肉体をグルッと回転。瞬間、真空の刃による竜巻が吹き荒れた。
 そこに更なるスキルを繰り出す。竜巻がやむのと同時、横薙ぎにダークスターを振り切ると、その軌跡を辿るように衝撃波が発生。
 
 まるで地面から噴出す間欠泉のように衝撃波は噴出し、扇状に破壊痕を刻みながら進行。
 特殊効果である打ち上げで次々と接近戦職、後衛火力職が宙に投げ出されていく。そこに既に十八番の構えである八双、いや、蜻蛉に近い構えからダークスターを振り下ろす。
 ヴァンプアップの補助こそないが、それでも地面を砕き、先端から暴虐の限りを尽くす破壊のエネルギーが吹き荒れた。
 衝撃波を繰り出す魔神衝波と範囲が被るアースブレイカーは、相性がいい。宙に居る全員がまともな回避行動すら取れず、白色の光に飲み込まれていく。

「まだまだァッ!!」

 肩を落とす、同時に発動するスキル金剛。物理防御を一分間倍にするアクティブスキル。同時に地面が爆ぜた。驚異的な脚力により土が空を飛び、葉が舞う。
 獣のような荒々しさで次々と落ちてくるプレイヤーを“轢き殺す”。物理防御の高さで威力が変動するスキル、突進の効果だ。
 再び錐揉みで吹き飛ぶ数名のプレイヤーは残念ながら光となり消えていく。だがそれでもとまらない、突進は進行距離にして百メートル弱進まないと解除されない。
 
『おおおおおおぉおぉおッ!!』

 雄たけびを上げながら、次々と人が弾き飛ばされていく。まるでボーリングのピンが球に吹き飛ばされるようにすら見える。
 一気に密集地帯を抜け、そのまま近くの後衛火力職“上位魔道師”、ハイウィザードに斬り掛かる。

「ぷ、プロテクションっ!」

 いい判断だと内心笑みを浮かべる。一定ダメージを吸収光の壁を生成する魔法、プロテクション。が、今回は相手が悪かった。
 プロテクションが吸収出来るダメージ量はおよそ一万。通常の火力職なら、一度二度のスキルを防げるだろうが、強化状態かつ、恐らく上位五名に食い込むガイノゼロスの前ではその魔法もただの砂の楼閣に過ぎない。

「食い散らせッ、剣舞斬!!」

 声に出すことが発動条件のスキル、奥義ケンブザン。瞬間ガイノゼロスの肉体がブレた。違う、あまりの速度に残像が発生したための誤認。
 無尽に振るわれ、霞む腕。縦横、斜め、ありとあらゆる方向から繰り出される一撃は通常攻撃にこそ及ばないが、尋常じゃない速度を有している。
 数にして六十六に達する一連の連撃を、僅かな時間で繰り出す剣士系上位スキル。

「そ、そんな……」

 最初の半分以下でプロテクションが砕けた。その後の十に届く斬撃の嵐の前にHPが全て削られた。無念の呟きも、一瞬にしてミンチにされた肉の斬り裂かれる音の前に消えていく。
 手に伝わる柔らかい肉を絶つ感触。硬い筈の骨すらまるでチーズを裂くように楽だった。返り血がガイノゼロスの肉体を深紅に染め上げていく。
 口に入り込む現実じゃそう味わえない血の味に酷く興奮する。油断すれば下半身が鎌首をあげていただろう。
 最後の一振りを力強く振りぬけば、血と油が剣速で弾かれ、つや消しの闇に染まった刀身が顔を覗かせる。
 瞬間、背筋が震えた。予感、そうそれは予感と呼ぶにも相応しい第六感の如き感覚。

「ッッ!?」

 脳で理解するより早く、肉体が動いた。全力の横っ飛びは一瞬で数メートルの距離を稼ぐ。
 ――が、それでも感じた“脅威”はガイノゼロスを捉えていた。
 見覚えのあるスキル。ガイノゼロスも使う魔神衝波がよけ損なった左半身を切り裂いていく。

「俺に傷を付ける奴はそう多くない。名乗れ、女」
 
 左頬に走る赤い筋。たらりと流れ落ちる血を舐め取り、ゆっくりと立ち上がり同時に降ってきた無数の矢を叩き落して口にする。

「貴方が噂の傭兵王で相違ありませんか?」

 距離にして五十メートル先。複数の後衛職の奥からゆっくりと歩みながら質問を質問で返してくる。手に握られているのは太く、大きく、そして無骨な鋼の塊。
 斬ると言う概念よりも、叩き伏せることを念頭に置いた大剣。それを持つ女は対して小柄だった。大柄なガイノゼロスより四十センチは低い。
 着込んでいる鎧は穢れなき白。いや、銀色に輝き、肩で切り揃えられた空色の髪と同じ色の瞳。小顔ながら、随分と整った容姿も相俟って酷く神聖さを感じさせる。
 それも見事にその手にした剣が台無しにしてくれているのだが。ガイノゼロスには理解出来た、彼女が間違いなく“強者”であると。

「そうだ、俺が傭兵王ガイノゼロス。質問に質問で返されるのは癪だが、お前と言う存在に免じて許す、名前を再度問おう。名乗れ、女」
「貴方と同じくフリーの傭兵。それだけ。名前はアルテシア、貴方の二つ名を貰いに来た」

 感情を感じさせにくい、声音が揺れない平坦な声で答える。声は少女のように高く、年齢は二十歳を超えているのかも怪しい。
 そんな明らかにガイノゼロスより年下の人物が、傲岸不遜にも二つ名を貰い受けるとほざく。それが堪らなくガイノゼロスには心地よかった。
 女子供、老人、一切合財関係はない。必要なのはガイノゼロスを相手にして引かない精神、実力。それがあるならば、例え何者でも等しく冥府へと送ってやろうと言うものだ。

「ふは、ふは……ふはははははっ! いいぞ女ッ! その決意が本物かどうか、俺が見てやる。もし俺を倒せたなら、その時は大手を振って傭兵王を名乗ればいい。が、それだけじゃ詰まらないだろう……」
「分かってる。相手にだけリスクを負わせる程、わたしは腐ってない。わたしが負けたら、その時は“私”を好きにすればいい」

 それがどう言う意味なのか知らない歳でもないだろうに、変わらない冷たい、冷めた声で女は答える。十八歳以上、あるいはとある“裏技”であれば、このワールドウォーは性交が可能だ。
 つまり、彼女は負けたらそれに応じると口にしたに等しい。いくらここが仮想の世界とは言え、躊躇もなく自分の身を担保にするなど、阿婆擦れか、己に頓着しない者か、異端者のどれかだろう。
 実際のところ、ガイノゼロスには性交の報酬はどうでもいい。闘争そのものがなんせ報酬と言えるのだから。
 別に不能でもないし、人並みに性欲もある。ただ、優先事項として戦闘に劣るだけのこと。

「いいだろう。アルテシアと言ったか、お前に興味はないが、その秘めた実力には興味がある。これ以上会話は要らないだろう? さぁ掛かってこい。幸いギャラリーにはことかかないぞ」

 にやりと笑い片手で周囲を示す。まるで人の壁だ、押されているとは言えここは陣地の最奥前。まだ多少の余裕があるのか、滅多に見れない傭兵王との対決に自然と人が集まっていた。
 攻撃しようとするものも居たが、ここまででやられた人数は優に五十近くを誇る。それもガイノゼロス一人を相手に、だ。これ以上損耗するよりは、足止めの方が効率がいいと判断したのか手は出してこない。
 そしてそれは実に正解だった。邪魔されれば、決闘を、闘争を愛するガイノゼロスが黙っていなかっただろう。

「その減らず口も今日まで。いく……ッ!」

 グッと腰が沈んだ瞬間、まるで弾丸の如き速度で真っ直ぐガイノゼロスに飛び込んできたアルテシア。ぶつかる瞬間、両手で持たれた無骨な大剣が唸りを上げ袈裟懸けに振るわれる。
 それをダークスターであっさりと“弾き”返してみせる。摺りあげる様に下から跳ねた剣と、アルテシアの剣がぶつかり、速度を加えていた筈のアルテシアがたたらを踏む。

「ふっ!!」

 その隙に今度はガイノゼロスの袈裟懸けが襲う。力では大きな差があると理解したのか、まともに受けず幅広の刃で流すように受け止めてみせる。
 ギャリギャリと不快な音が響き、火花が宙を散っていく。地面に剣先が飲まれるより早く、今度は横殴りの一撃を放つ。
 ギャイン――ッと金属音が響き、重直に立てられた鋼の塊にダークスターがぶつかり、今度は腹を斜めにされまたもや剣が流されていく。
 上手い。速度も力もガイノゼロスが上だが、それでも喰らい付くように動きについてくる。

「ならっ、コイツはどうだぁッ!!」
「あッ――ぐっ……」

 滑る速度を利用し、肉体をくるりと回転。遠心力とスキル強撃により威力の増した重い一撃が、咄嗟に持ち上げられたアルテシアの剣を真上から襲う。
 まるで大砲でも打ち込まれたような衝撃がその華奢な身を襲い、口元から反射的な声が漏れる。
 
「ああぁぁああぁあッ!!」

 それでも気合と共に、今までの冷たい声音が嘘のような激しい声と、スキルヴァンプアップでダークスターを押し返して見せる。
 そのまま即座に息もつかせぬ連撃を繰り出す。左足を前にし、軸を固定して重心を安定化。まるで円を描くように美しい弧でガイノゼロスの首を狙う。
 当たればスキルヴォーパルが発動し、少なくないダメージが確定するだろう。それを全く同じ反対からの軌道でダークスターが向かえ撃った。
 キィ――――ンと、涼やかな音がなり、両者の剣が正反対に泳ぐ。その勢いを利用しアルテシアが袈裟懸けに剣を振るう。
 スキル魔神剣のエフェクトである黒い霧を纏った一撃と、ガイノゼロスのダークスターが衝突する。
 同じスキル魔神剣による衝撃が、鍔競り合いとなった二人の髪を揺らしていく。

「余裕ですね」
「ああ、余裕だともさ」

 顔を突き合わせた途端吐き捨てるようにアルテシアが口にする。同じ軌道、スキル、偶然ではない。相手の一撃を見て、あわせてきたのだ。
 類稀なる胴体視力、高度な判断能力、度胸と余裕がなければとてもではないが出来ない芸当だ。恐ろしいのは、目で見てからだというのに、最終的に相打ちとなるその技量。
 一歩分のアドバンテージなど、ガイノゼロスのステータス、技量の前ではなんら意味をなさなかった。

「ならっ、これでどうですかッ!」

 剣から力を抜き、身を半歩引く。予想していた手とはいえ、咄嗟の行動にガイノゼロスの体勢が崩れる。そこに流れるように叩き込まれる膝蹴り。

「グゥッ!?」

 鈍い音が響き、腹部に痛みが走る。更に追い討ちで、素早く下がったアルテシアの長い足が強烈な回し蹴りを放つ。
 咄嗟にダークスターを持たない手でガードするが、全力一撃に腕は痺れ、数メートル横に飛ばされる。
 そこから流れるように繰り出される剣撃。体勢を整える時間を与えないとする速度の連撃。大剣と言う重量級武器でありながら、その豊富なパラメータが予想外の速度を生む。
 風すら纏って唐竹の一撃が飛び、それを何とか横っ飛びに回避すれば吸い込まれるように横薙ぎで追従。
 ギリギリダークスターを構え逸らせば弾いた斜め先から、まるでその力を利用するように袈裟懸けの一撃が振るわれる。
 半ば腰を落とした不安定な体勢ながら、スウェーの要領で避けるが一瞬遅い。武具破壊のスキル効果をともなった一撃は見事ガイノゼロスの胸部アーマーを剥ぎ取り吹き飛ばす。

「流石ですッ、でも、これならっ!!」

 回避されることは予想済み。ドーピングすら施しているガイノゼロスの身体能力は現在間違いなくこの世界において、最高の状態にある。
 魔法のバックアップを受けてはいるものの、アルテシアはそれを下回る。だからこそ、常に相手の行動を先読みして“攻撃を置く”。
 ガイノゼロスが持ち得ないスキル、“予感”。未来予知系スキルの一つであり、微弱な効果ながらぼんやりと相手の次の行動を把握出来る、ワールドウォーでもトップクラスのレアパッシブスキル。
 そこに過去数年に渡るVRMMOでの対人経験を織り交ぜる凶悪な連撃。

「終わりですッ―――奥義は基礎を極めし一なり……初太刀の終焉ッ!」

 鋭い踏み込み、両手で支えられた無骨な大剣が唐竹の軌跡をなぞり奥義と分類される極悪スキルが放たれた。数々の追い討ちに致命的な隙を――尻餅をついてしまったガイノゼロスにそれを避ける余力はない。
 まるで走馬灯。世界全ての時が緩慢となったかのような感覚で、間違いなく致命的一撃を見上げる。
 否。それはスキル高速思考による擬似的時間の遅延。確かに見事。己を相手に地面を這わせる者など、片手で足りだろうとガイノゼロスは考える。
 それでも。そう、それでも傭兵“王”の名はその程度に屈するほど安くはなかった。その名は傭兵“最強”をもってして囁かれた名なのだから……

「――――残念だったな」

 鈍い音が響く。そっと横向きで掲げたダークスターと、奥義がぶつかり、物理的衝撃が周囲に吹き荒れ、周りの野次馬にまで風が届く。
 誰もが息を呑んだ。初太刀の終焉は唐竹割のみ派生が可能ながら、その攻撃力倍率は非常に高いことで有名だ。たとえ防御に成功しても、特殊効果により数割のダメージを相手に浸透させる。
 見ればガイノゼロスの腕や頬は見えない刃に裂かれたように斬り傷が発生し、血をを噴出させていた。それでも一撃を真下かた押し上げ、グッと足腰に力が溜め込まれた瞬間、アルテシアの剣がついに弾かれた。
 ギィーンと甲高い音を立て弾かれた剣と、まさか一撃が凌がれるとは思わなかったアルテシアの体が一瞬硬直。そしてその隙をガイノゼロスは逃さなかった。

「ふんッ!!」
「――カハッ!」

 掌打がその胸部で輝く白銀の鎧に突き刺さった。拳系スキル、浸透打。衝撃を鎧の上からでも浸透させ、防御力を一定値無視して物理ダメージ及びよろけを誘発する格闘系スキル。
 痛みはなくとも、勝手漏れた呼気が口から吐き出され、一瞬筋肉が硬直する。そこに今度は力任せの剣打が打ち込まれた。
 咄嗟に剣を持たない方の手、正確には篭手をかざして即席の盾となす。瞬間ボキリと嫌な感覚が響き、凄まじい衝撃が肉体を突きぬけ数メートル後方に吹き飛ばされる。
 ダンッ! と地面が抉れ、離れたアルテシアをガイノゼロスが追う。瞬く間に距離を詰め、袈裟懸けにダークスターを振るう。
 弾き飛ばされた勢いを利用し、なんとか上半身を後ろに反らし、致命的な一撃を避ける。剣先が触れた鎧を削り飛ばし、ギャリギャリと火花を散らして音を立てた。
 すかさず返しの一撃が放たれる。轟! と音すら伴い襲い来る凶刃を何とか転がり回避。
 体勢を立て直すべく素早く立ち上がるが、瞬間スキル強撃により速度、威力を増した唐竹割りが目の前に迫っていた。

「ッッ、フォートレス!」

 ガギィンッと、硬質な音を立て頭部の薄いメットに当たったダークスターが逸れていく。フォートレスにより何とか一撃を防いだことに安堵するも、防御系スキルの要であるそれを使ってしまったのは大きな問題だ。
 今度はこちらの番だと、横薙ぎの一閃がアルテシアより放たれる。残像すら残しかねない速度で振るわれる鉄塊が、同じ鉄塊であるダークスターを噛み合う。
 迎撃に放った一撃と一撃が僅かな拮抗を生み、再び両者は膠着、顔を突き合わせる。
 獰猛な笑みを浮かべたガイノゼロス。余裕の見られないアルテシア。両者の実力差を物語っている。
 同時、前線から聞こえる喧騒が喧しくなってきた。等々ガイノゼロス側の優勢が奥地にまで響いたらしい。これは時間がないなと両者ともに考え、同時にバックステップで距離を取る。
 言葉は必要なかった。次の一撃こそ、最後だと理解している。周囲の誰かが生唾を飲み込んだ。
 ガイノゼロスが構える。蜻蛉に近い八双の構え。大してアルテシアは左手を前に突き出し、腰を落として右手に構えた剣をやや後ろに引き、切っ先を前に向けている。
 
 ガイノゼロスの一撃は言わずと知れたアースブレイカー。いや、その上位版のスターブレイカーである。星さえ砕くと言う意味を込められたそのスキルは、消耗も激しいが威力はトップクラスだ。
 対してアルテシアはステータスの差を感じたのだろう。冷静にガイノゼロスが構えてからスキルを選択。それは面での一撃に有効足りえる点の一撃。
 奥義竜墜衝と呼ばれる、名の通り竜すら打ち落とす最大級の奥義だ。一秒が過ぎ、五秒過ぎた瞬間、二人から陽炎のように色違いのオーラが揺らめいた。
 一定ランク以上の奥義にのみ見られるエフェクト効果。ガイノゼロスは鮮烈たる赤。アルテシアは水面の青、正反対の色は今か今かと破壊の時を待っている。

 どちらが先に踏み出したのか、同時だったのか。臨界点を迎えた溜めを解放せんと、ガイノゼロスの腕が振り下ろされそうになった瞬間……
 “世界が割れた”まるでポリゴンを剥ぐように空に亀裂が奔り、ノイズが周囲に溢れた。何が起こっているのは、一瞬の出来毎にアルテシアも、ガイノゼロスすら我を忘れてしまう。
 空間がまるでガラスを破砕するように割れ、空の一点から急速に蜘蛛の巣状の形で罅が拡大していく。誰かが我に帰った。叫び声は瞬く間に狂乱と混乱を呼び込む。
 異常事態。明らかなバグ。あるいはウィルスの仕業か、ハッカーの仕業か。どちらにせよ本能的に危険だと感じた多くの者がログアウトをしようとし、次々と絶望の声が広まった。
 ログアウト不能。その事実に、等々ダムが決壊するように恐怖が伝播し、少しでも罅の先から見える闇から逃れようと逃げ出していく。

 他者を押しのけ、踏み砕き、訳も分からず逃げ惑う。どうして逃げるのか、どうしようもなく現れた亀裂がよくないものだと、ガイノゼロスですら感じたからだ。
 近づく輩を斬り伏せ、殴り倒し、黙って広がる亀裂と黒に視線を固定していたガイノゼロスの耳に叫び声が木霊した。
 前方ではない、逃げた先、後方から聞こえる。振り返れば新たに発生した亀裂が逃げ出した者達を“飲み込んでいる”。
 まるで重力で引き寄せるように、近くの者を暗闇に引きずり込んでいく。広がる闇の先になにがあるのか、どうせ碌でもないに違いないと誰もが本能で理解し、散り散りに逃げ惑う。
 まるで嘲笑うように次々と亀裂は増え、犠牲者は増していく。そして等々ワールドウォー参加者が一割にまで減った瞬間、凄まじい風が吹き荒れた。

「グッ……!?」

 地面にダークスターを突き刺し、何とか持ちこたえる。見ればアルテシアも同じ方法を取っていたが、一分もせず剣が抜け、悲鳴と共に近くの亀裂に飲まれていった。
 強敵なステータスが何とか吸引力と拮抗する中、遂にはガイノゼロス以外の者全てが消え去る。筋肉が悲鳴を上げ、疲労が蓄積。
 このままでは――そう歯噛みした瞬間、汗で滑った手がダークスターから離れる。同時に身体が浮き、瞬く間に亀裂に吸い寄せられた。

「しまッ――――」

 ――た。そう口にするより早く、その意識は深い水底へと沈み込んでいった……





 こんな感じです。バトルシーンしょぼい癖に長いので、公開時には削ったりするかもしれません。
 まだ修正とかなんもしてない状態なので^^;
コメント全1件
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名も無き猫
2011年09月01日 17:02
なんて、中に・・・・そもそも神様を殺したら世界崩壊なので。自殺と同じだと思いますね、違いは死ぬほど頑張って無駄な事をしてるかしてないかの違いだと思います、ではそれを言いたかっただけなのでノシ