2019年01月31日 (木) 13:11
今、浮かんだネター。
あれですね。悪役令嬢のざまぁはディスっていくスタンスではあるのですが。
別にざまぁだけならいいんじゃない、と思って。
・・・
空が見たいな、と思った。
なぜって、この地下牢には窓がないから。
通風孔ならあるけど。
小さくて暗くて、見上げても意味がない。
わたしは牢のすみっこで、けば立った毛布を丸めた上に座って、ため息をつく。
どうしたものだろう、これは。
数日がたったけれど、進展がない。
そんな不便でもないけど。
このまま出られなかったら困る。
「……はぁ」
頬に手をあてて、ため息。
田舎から王都に来るときには、ワクワクしていたものだけど。
なにしろ初めてだし。
お祭だし。
さっさと用事をすませて、あちこち見て回ろうかなぁ、なんて思ってたのに。
「めんどう、よねぇ」
べつに変なことなんかしてない、と思う。
王都の広い道を歩いてたら、怒鳴る声が聞こえた。
目を向けてみたら、妙にキラキラした子どもがいて、その前には薄汚れた子どもがいて。
どうやら、キラキラしてるほうが汚いほうを怒鳴りつけていたっぽい。
近づいてみたら、ぶつかったとか服が汚れたとか、くだらないこと。
そう、喧嘩ですらない、一方的な言いがかり。
だから、あいだに入った。
それだけ。
「えぇと、なんだったかしら――」
どうやら『おしのび』とかいうものだったみたいで。
そのキラキラは、王都でいちばん偉いヒトの子ども、だったんですって。
くだらない。
また、ため息をついてしまう。
牢番が気の毒そうな顔でこっちを見た。
毛布をくれたり、キラキラの説明をしてくれたので、いいヒトだ。
「災難だったなあ、嬢ちゃん」
「まぁ……いろいろあるのは慣れてるの」
「はは、気が据わってんな」
笑って、何か軽くて薄いものを、牢の鉄格子ごしに差し入れてくれた。
どうやら堅焼きのお菓子みたい。
「悪いが、どうも嬢ちゃんの素性が知れないらしくてな。もうちっとかかりそうだ」
「まぁ……田舎だものね」
わたしの故郷は。
何年たっても何も代わり映えしやしない。とっても退屈なところ。
だから初めて仕事を任されて、王都を訪れることになって、すごく嬉しかった。
それが、まさか、こんなことになるなんてね。
お菓子を裏返してみる。
優美な女性の横顔をかたどっている、のかな。
欠けたり崩れたりしてるけど。
牢番さんが水差しと水飲みもくれた。
「喉に詰まりやすいからな」
「まぁ、ありがとう」
たしかに、と思いながら、かじる。
甘くて、ほろ苦い。
香辛料が入ってて、くせになりそうな味。
「なんだか変わってるけど、美味しいわ」
「おう、そうか。この時期にしか食えないもんだし、せっかくだからな」
「?」
かじったまま首をかしげると、笑われた。
「ああ。嬢ちゃんとこは、よっぽど王都からは遠いんだろうなあ」
「まぁ、そうね」
「今は精霊祭の真っ最中だからな、守護精霊さまにささげる供物なんだよ」
「あら……」
くわしく意匠を確認しようと思ったけど、もう形が残ってなかった。
「そんな気に入ったんなら、こっから出たあとでいくらでも買えばいいさ。そこらじゅうに屋台がある」
「あら、出られるのは祭のあとかもしれないわ」
「さすがにそれは……ああ、でも、どうもな」
牢番さんが顎を掻いている。
「どうかしたの?」
「ううん、いや、妙に上がばたついててなあ」
「上?」
「ああ。兵団とか騎士団……いや、さすがに詳しくは言えねえ」
「大変なのねぇ」
「や、えらいのにたて突いて捕まったあんたほどじゃないさ」
つい笑ってしまった。
お菓子をかけらまで飲み込んでから、告げる。
「だいじょうぶよ。さっきはああ言ったけど、たぶんもうすぐ迎えが来るの」
「うん? なんか当てがあんのか? そりゃあよかっ」
上のほうで扉が乱暴に開けられる音がした。
「なんだっ!?」
牢番さんが、さっと壁にかけてあった干戈を手にして、構える。
間をあけず荒々しく階段を駆け下りてくる音。
はたして顔を見せたのは――牢番さんと同じ格好をしたヒトだった。
たぶん同僚さんだろう。
牢番さんの腕から少し力が抜ける。
「おう?」
「たっ、たいへん、だ……!」
地下に来る前から走ってでもいたのか、同僚さんの息は切れている。
「どうした、何があった」
「と、とにかくひざまずけ!!!」
「はあ?」
「もう来ちまう!!! はやく!!!」
「はああ?」
肩を抑えつけられた牢番さんが不審顔で膝をつく。
ゆっくりと階段を下りてくる靴音。
悠然と顔を覗かせたのは老人だった。
ゴテゴテした白くて長い服を着ている。歩きにくそう。
「ッ――」
牢番さんが絶句している。
老人が目線をめぐらせ、牢のなかのわたしを見て、深く息を吐いた。
「まさか、このような処におわすとは」
「えぇ。わたしも意外だったわ」
牢番さんが目を剥いて、老人とわたしを交互に見ている。
驚かせちゃったみたい。
老人の目配せで、同僚さんが慌てて牢を開錠する。
わたしは扉をすり抜けるように出て、大きく伸びをした。
「うーん、空が恋しいわ」
「お帰りになられるのですかな」
「まだよ! まだお祭を見て回ってないもの!」
「……御意にございますか」
老人が額を抑えている。
「あら、お疲れかしら?」
「然様ですなあ……お待ちいたしても、さっぱりお出でにならないので」
「わたしの意向ではないのよ?」
「承知しておりますよ」
「あ、今回は、いつもの祝福を見送らせてもらうかも」
「……いたし方ありませんな。灸を据えるにはよい機会でしょう」
わたしは振り返って、いまだに膝をついている牢番さんの前に立った。
「ねぇ」
「は……?」
まだぽかんとしているのに構わず、手をとって立ち上がらせ、老人を振り返る。
「このヒトを借りられないかしら。お祭を案内してもらったら、やっぱり気が変わって祝福したくなるかもしれないわ」
「それは願ってもないことで――ええ、では、あちらには祭が終わるまでは気を揉んでいただくとしましょう」
「は、え?」
まだ視線がうろうろしている牢番さんの手をにぎって、軽く引きながら笑う。
「ね、早く行きましょ?」
「は、話が見えない……」
地下から上がって王都の街並みを歩きだしても、まだ牢番さんは首をひねっていた。
だから黙っておくことにした。
だって、わたしがあれくらいの外見になるまで、って、たぶん数十年かかるんだもの。
おわり。
・・・
実に王都が滅ぶか否かの瀬戸際であった。
異世界は怖い(迫真)