2019年04月01日 (月) 13:12
思いつきながら即興で書くネター(いつもの)
あ、エイプリルフールって午前中だけでしたっけ?
・・・
あとからあとから降りそそぐ雨のしずくに打たれて僕は無言で雨雲を見上げたまま歩道に立ち尽くしていた。
すでに紫暗の空は暮れなずみ、やがて世界は闇に閉ざされるのだろう。
駅前の交差点だというのに、まったく往来はない。
バスもタクシーも自家用車も、人もいない。
片手で掴んでいるスマフォまでもが、だんまりを決め込んでいた。
防水仕様だから特に心配はない。
歩行者信号が明滅し、ふっと暗くなる。
流れる雨水が全身を濡らす。
前髪は額にはり付いて視界をさまたげる。
ぴしゃり、と。
水を踏む音と、耳を打つのは愉快げな男の声。
「これはこれは――お出迎えとは痛み入る」
「仕事ですから」
ゆっくりと振り返った。
周囲のビルの明かりがいっせいに、ふっと落ちる。
闇に満たされる。
ここは異境だった。
予報アプリの正確性は、今回も証明されたというわけだ。
しかし、位置情報よりも発生時刻をもっと精密にしてほしいというのは、ぜいたくだろうか?
「――おやおや」
抑揚のない声を漏らしながら、路地裏から、にじみ出てくるような人影。
おそろしいほど特徴の無い男が、近づいてくる。
あと数歩の距離になっても、ただ“男”としか形容できない異様さ。
「どうやら、ずいぶんと待たせてしまったようだ」
「ええ。待ちくたびれました」
こちらがずぶ濡れの様子を見てとって、わざとらしく肩をすくめた男に、淡々と返す。
「ふむ。こういうときには『全然』『今来たばかりだ』と言うのが、『お約束』ではないのかね?」
「……文化の接収が進んでいるみたいですね」
片手の指先で、スマフォの武装アプリを起動させる。
即座に全身が光につつまれ、それが消えるときには、仕事着に変わっている。
胸ポケットにスマフォを収める。
清掃業。
いつもの仕事だ。
ただきれいにするだけの、誰にでもできる、簡単なお仕事。
男が喉を鳴らすように笑った。
まるで感情を持っているかのように。
「無論。君たちが考えるよりも我々は勤勉だ」
「……」
十数年前。
当初は、黒いもやのような不定形だった。
しだいに形を取りはじめ、動きや音を真似だした。
今では、こうして会話すら可能だ。
それは決して意志の疎通を意味しない。
課の先輩には、問答無用で消滅させるべきと説かれている。
“彼ら”のもたらす被害を知っていれば当然の帰結ではある。
両手に長柄のモップを構える。
格好が青いツナギの作業着だから、似合いの武器ではある。
もう少し真面目な形もあるんじゃないかとは思うが、平職員には一律の支給だから仕方ない。
昇格すればオーダーメイドも許されるので、それを目指すしかない。
あるいはフリーランスの嘱託にでもなればの話だ。
男がまた軽く肩をすくめた。
「やれやれ。君たちは例外なくせっかちだ」
「そうもなります……よ!」
歩を詰めて一閃。
横薙ぎにする。
男が上下に分かたれる。上半身がなだれ落ち、下半身が倒れる。
肉の抵抗はない。
しょせん本性は黒いもやなのだ。
しゅるりと上下がつながる。
揺れながら起き上がった姿は一気に背が縮み、少年になっている。
やはり、なんの特徴もない。
「我々はどこにでもいて、どこにでも現れる」
声も少年になっているが、それでも特徴はない。
「もしも我々が消える日が来たなら、それは君たちが消える日だ」
「それでも……!」
やるしかないだろう。
堂々めぐりだろうと。いたちごっこだろうと。
生活するためには給料が必要だ。
長柄のモップを振るうたびに、人の形をしていたナニかは、少しずつ小さくなり輪郭を失ってゆく。
なぜ奴らは人の形を採るのかと、先輩に聞いたことがある。
それが楽なんだろうよ、という返事を寄越された。
言葉よりも、そう口にしているときの苦笑に圧されて、詳しくは聞けなかった。
侵食は進んでいる。
事態は進行しながらも膠着している。
「われわれに……してみれば」
幼い、なんの特徴もない声が告げる。
「……ているのは、きみたちの……だ」
そして闇に掻き消えた。
しばらくは痕跡を用心する。
すべて消滅できたと確信できてから、スマフォを操作し、武装アプリを終了させる。
普段着に戻った。
今回も制限時間内に間に合わせることができてよかった。
車の行き交う音。
雑踏。
駅前の交差点だから、夜更けになっても人通りは多い。
駅舎の出口から吐き出される人も、向かってゆく人も、みんな傘をさして足早だ。
通行人に奇異な目を向けられる。
もちろんパーカーにジーンズという変哲もない出で立ちに、ではない。
雨のなか、せっかくの傘を閉じたまま片手に持っている点に、だ。
それは仕方ない。
初期の武器装備スロットは、たったひとつしかない。
複数換装アプリだって高嶺の花なのだから。
早く昇格して拡張したい。
スマフォでグループチャットを起動した。
掃除が終わったこと、帰社することを伝えて、完了。
直帰なら助かったのに。
しかし、このところ出勤続きで、報告書も溜まっている。
さっさと片付けてしまおう。
歩行者信号が点滅する。
急ぎ、スマフォをジーンズの後ろポケットにねじ込んで、走り出す。
赤信号に変わる寸前で渡り切った。
その勢いで駅舎に走り込み、改札前の壁時計を見上げる。
終電には間に合いそうだった。
ほっとすると同時に、くしゃみをひとつ。
次の出動では、ぜひ晴れていて欲しい。
おわれ。
・・・
ん。
もし日本にダンジョンが出現しだしたら、積極的に封鎖していきたい派です。
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