2018年09月12日 (水) 19:31
タイトル 『(未定)』
プロローグ 『大人気ネット歌手MAKAの配信』
「きゃああああ!!!」
突然、強い光と大きな音に襲われ、私はぎゅっと目を閉じた。視界が一気に暗くなる。誰かの悲鳴、強い衝撃、痛み。
それは、しばらくすると落ち着いた。
「……おとーさん……おかーさん、どこ……? 何も、何も見えない……よ」
私の呼びかけに父母は答えない。そして、なぜか私の世界は光を失っていた。
※
「やっぱ良い声してるよな~……」
散らかり放題の薄暗い空間。俺はPC画面を前に独り言を呟く。両耳に挿したイヤホンからは、透き通った少女の歌声が流れてくる。
俺が見ているのは、大手動画サイトTubeWideの人気投稿者『MAKA』の生配信だ。
『皆さんいかがだったでしょうか? 『群青の空』……卒業式とかでよく歌われてますね。私も小学校のとき皆で歌ったのを覚えています』
たしかに有名な曲だ。俺も中学の卒業式で歌った。世代を越えて愛される名作だ。
コメント欄に様々なユーザーのコメが流れる。彼女の美声を褒め称える声、曲のリクエストなど。読み上げBotが一つ一つ音声にしていく。
ユーザーの好反応に、MAKAの声が明るくなった。
『皆さん、沢山のお褒めの言葉ありがとうございます! じゃあ、じゃあ最後は『One more day with you』にしよっかな? えへへ、聞いてくださいな♪』
聞き慣れた前奏が流れ始める。
「おぉ、マジか……これのMAKAver.聴けるのか……」
昨年大ヒットしたドラマの主題歌。期待が高まる。これは是非とも記憶に残して――
ブゥーン。
突然、部屋の電灯が消えた。
「は?」
MAKAの配信を見ているデスクトップも画面が暗くなってしまった。電源ボタンを押しても、何も点かない。バシバシ叩いても反応はない。
「はぁあああ?!」
「わー、ドライヤーつけたらブレーカー落ちちゃったぁー。ごめーん、あはは」
リビングの方から聞こえてくる母の声に、俺はガックリと椅子にもたれ込んだ。
結局、闇の中、苦労してブレーカーを戻した頃にはMAKAの配信は終了していた。
第1話 『防音扉の向こう側』
休符。
一瞬の静寂。
その隙にこっそり隣りを窺う。
「……♪ ……♪」
俺のクラスメイト、新山奏(にいやまかなで)は、瞳を閉じたまま演奏に聞き入っていた。口もとにいつもの笑みが浮かんでいる。楽しんでくれているのか。俺の演奏は下手くそじゃないだろうか。
(ヤバい、集中できねぇ……)
女の子特有の香りと息遣いが、俺の五感を惑わす。
それは定期発表会のときよりも緊張して、早まる動悸(どうき)と共に、ショパンの名曲『英雄ポロネーズ』は次第に終盤へと向かっていった。
(なんでこんなことに……)
※
つい一時間ほど前のこと。
「吹山先生、2-Aの吉川です。音楽室の鍵、お願いします」
早朝6時。まだ静かな職員室で俺は、ノートPCと睨めっこする一人の女性教員に声をかけた。面を上げたジャージ姿の女性は、俺の顔を見るなりニッと笑む。
「おっ、吉川君。今日もかね? いやはや精が出るねぇ。……まったく、ウチの吹奏楽部員たちにもその根性を見習わせたいもんだよ」
まるでオッサンのような口調の彼女は、そう言って
デスクからスチール製の鍵を取り出した。
「先生も、早朝からお仕事お疲れ様です」
「あー……ありがとねぇ……」
吹山裕子教員。実年齢非公表だが、恐らくまだ30代前半。化粧ッ気はあまりないが、顔は整った美人である。未だに独身であることをときおり嘆いているが、椅子に胡坐(あぐら)をかいて座ったり、欠伸を公然とかましたりする所を直さない限り、本気ではないようだ。その、豪放というか大雑把な性格に、同年代の男は尻込みしているみたいだし。
「昨日も私に仕事を押し付けて定時帰りしやがって、あのクソジジィ……。お陰で、昨日今日とずっと残業だっつの……。ウチの部も大会近いのにさぁ」
眉間にしわを寄せて、そう吹山は愚痴る。なるほど、だからこんなに早朝出勤を強いられているのか。吹山の言う『クソジジィ』とは北野教頭のことだ。彼女曰く、北野はしょっちゅう若手に仕事を押し付けては、PTA会長と趣味のゴルフに行ってしまうらしい。そのクセ、教職員朝礼ではいつも高説を垂れるものだから、相当ヘイトが溜まっているんだとか。
しかし、それを生徒の前で発言してしまうのは如何なものか……。それとも信頼されているからなのか。まぁ、快く鍵を貸してくれる辺り、俺にとっては良い先生なのだが。
「それじゃ、先生。失礼します」
「うぃ~っす」
軽く頭を下げた俺に、吹山も軽く手を挙げてまた残業に戻った。
※
北棟校舎最上階、4Fの最奥部。今どき珍しい南京錠を開けて、木製引き戸を引く。
音楽室特有のちょっとムッとした空気が押し寄せた。適度に窓を開放し、空気を入れ替える。早朝の朝日が眩しく、6月の風が蒸れたカッターシャツを撫ぜていく。
「よし、やるか」
軽く伸びをして、俺は音楽室奥へと向かった。
音楽室は二層構造になっていて、メインは教室中央の部屋だが、奥に防音ルームが二つあってそれぞれグランドピアノ、アップライトピアノが格納されている。
もちろん、教室中央にもグラピはあるのだが、音漏れで人が来るのも嫌なので、俺はいつも防音ルーム内部のグラピで練習している。
まぁ、ここで弾いても若干音漏れはするんだが……。しかし、廊下までは響かないので用は足りる。
重い扉を開け、ピアノのセッティングを済ませる。譜面台には、何も置かない。暗譜してしまったからだ。次のピアノ教室定期演奏会まで残り一か月ちょっと。会員数の多い教室だからかなりの大ホールで、オーディエンスも毎年多い。
そして、難易度の高い曲なだけに、プレッシャーも感じている。
本番を絶対成功させる。
そう、あのMAKAみたいに人を感動させる演奏をするんだ。
そんな決意で俺は朝練を始めた。
※
30分ほど経った頃だろうか。
一回通して、もう一度気になった箇所を楽譜と見比べ洗っていると、防音扉の向こうにふと人の気配を感じた。
(……この朝早くから、誰かいるのか?)
吹山先生であろうか。しかし、彼女は今職員室で残業中のはずだ。ならば、吹奏楽部の生徒だろうか。俺は、扉の小窓から音楽室の様子を窺った。誰もいない。
ゾワッと背筋が凍る。
たしかに、今物音がしたような気がするのに。まさか幽霊。いや、そんなわけ……。
恐る恐る、防音扉を開けてみた。
「きゃっ」
小さな悲鳴と共に、床に誰かが倒れた。セーラー服……女子生徒だった。
扉前に立っていたようだが、ずいぶん小柄で目の前に居たのに気付かなかったらしい。
「わっ! あ、ごめっ!! 大丈夫?」
慌てて倒れた少女に、手を貸そうとする。そこで気がついた。
この子、クラスメイトだ。名前は、たしか――。
「よ、吉川くん……?」
彼女は半身を起こして、驚き気味に口を開いた。
「そうそう。ごめんね、新山さん。ちょっと気付かなくって。立てる?」
「あっ、はい! 大丈夫ですっ」
気丈に返して、彼女は立ち上がる。
しかし、足元がおぼつかない。若干ふらっとした所を、支えてやった。
新山は、生まれつき目が見えないらしい。そのため、こうした日常動作でもおぼつかないのだ。現に、今まぶたは完全に閉じており、彼女の視界は暗闇に包まれている。
「吉川くんってピアノ上手なんだね? 私、知らなかったな……」
にへーっと人当たりの良い笑みを彼女は浮かべた。
「さ、サンキュ……。まぁ、ミスタッチとかあったし、まだまだだけど……」
「えぇ?! そんなことないよぅ! あの……、すっごく力強い演奏だったよ……! 私、こういうの初めて聞いたかも……。ぱちぱち~、なんちゃって。えへへ」
新山は、何度か手を叩いて小首を傾げた。
その仕草がなんとも可愛らしくて、ドキッとする。
新山奏(にいやまかなで)。同じ2-Aのクラスメイト。身長は、150cm以下とかなり低い。サラサラのミディアムカットと、その童顔も相まって男子人気が高い。
しかし、ほぼ全盲に近い弱視という重いハンデも背負っている。
そんなの自分がなったら発狂してしまうだろうが、新山本人はいつも微笑みを絶やさない。だからこそ、彼女の周囲は進んで介助しようとする生徒が絶えないのだろうが。
「あ、あの……、吉川くん。もし、よかったら中で聞いてもいいかな? 外からだとちょっと音がこもってて……」
「え、あ、ああ……。別に良いけど、でも……」
異性と、それこそ自分なんかと一緒に密室に入ることに抵抗はないのか。とは聞けず、しどろもどろな感じになってしまう。
「もしかして、ダメ??」
そんな風に見上げられると、ノーとは言えないではないか。
「あ、ああ。もちろん、いいよ」
「やったぁ」
目を閉じたまま喜びを顕わにする新山に、俺も、まぁ悪い気はしなかった。
ネットの発展は目覚ましいですね……。ピーガガガの時代。正直言って、私にはピンときませんが笑
色々、環境が整って、こういうサイトができたのは、創作のハードルが下がり良かったと思います。そういう意味ではかなり恵まれましたね。
googleとyahoo!の利用率だと、世代で変わるみたいですね。
だいたいMITTさん世代より上がyahoo!の方が多くて、以下がgoogleという感じで。
普及し始めた時期が関係あるんでしょうね。