自分に向かって生存報告。
2016年11月16日 (水) 21:30
 『弱肉強食』というルールは時代、文明がいくら進もうと変わらない不変の定理だ。
 弱者は強者の資源になることが最大の働きであり、弱者が資源を貪り強者の食い扶持を減らすことは、その種にとっての害悪でしかない。

 で、この定理は俺が飛ばされた『異世界』でも通用するものらしかった。

――

 太陽がようやく顔を見せ始めた朝の時間、俺はいつものように飲食店『MaskHANE』に出勤した。
 裏口扉を開けて店内に入ると、すでに制服に着替えて帳簿等を確認している店長の姿があった。扉を開ける際の物音で俺に気づいたのか、書類を机に置くとズカズカと俺の方まで歩いてきて、烈火のごとき表情で怒声を繰り出した。

「αさん! 昨日店を閉める際に裏口の鍵を掛け忘れたでしょう!」

 俺はサッと顔色が変わるのを感じた。

「あ……」
「こんなこと子供でも分かるでしょう!! 本当『転生人』って奴は使えないですねっ!!」

 店長は普段は可愛いロリっ子なのだが、いざ怒ると山姥もかくや、という表情になる。店長と俺は二周り近く体格に差があるのだが、俺はその迫力に気おされて何度も頭を下げて謝罪した。

「すいません……すいません。うっかりしていました」
「貴方のその『うっかり』でウチに被害が出るところだったんですよ!? 今後このようなことが続くのであれば、馘首します! 分かりますか? クビってことですよ? 貴方みたいな大の大人が私のようなガキンチョに説教されたくなかったら、もう少し自覚を持って仕事を行ってください!!」
 
 言うだけ言うと、その店の店長は踵を返して厨房に去っていった。
 フリルのスカートがヒラリとたなびいていたのが、妙に印象的だった。


 朝の仕込みが終わり、稼ぎ時の午後、鬼も目を回すほどに急がしい時間が過ぎて、身も心もくたくたになってようやく俺は寄宿舎に帰宅した。この間に俺が店長に怒鳴られた回数はゆうに二桁を越える。
 服も着替えずそのまま布団に倒れこんだ俺は、今になってまた店の鍵を閉め忘れた事に気づいた。

(なにやっているんだ俺……もうあの飲食店に勤め始めて2ヶ月程経つってのに……どうしてこうなってしまったんだろう)

 自らに問うまでもなく、俺は『どうしてこうなった』のか知っていた。
 
 それは俺が無能だからだ。
 
 だからこそ現実の世界に絶望して異世界(ここ)までやって来たのだが、どうやらそんな事を目論んだ連中は昔からごまんといたらしい。
 おかげさまで異世界の方も『転生人』で溢れ帰り、その技能は住む人々に技術的な革新をもたらした。
 魔物は消え去り、魔法よりも便利で誰でも使える機械が氾濫した。
 授けられた能力(チート)を凌駕するほどの機械まで開発されたのだから、『転生人』が異世界で有利に立てる基盤は俺が来た時にはとっくに崩壊していたのだ。
 
 親は生まれた子供が『転生人』であるか真っ先に機械を用いて調べる。
 俺がそうだったことを知った両親はひどく嘆いて俺を施設にぶち込んだ。
 両親のショックは確かに判るのだが、この時の俺の衝撃も半端ではなかった。どういう事だ、話が違うではないか。とクサクサしているうちに結局転生前と大して変わらない『俺』に成長した。むしろ退化した気がしなくもない。本当に話が違うぞ。

「ああ……もうやってらんねぇや。『魔法即効詠唱』のスキルがあっても効果がなければ何の意味もない……」

 害意魔法無効注射というものがある。元いた世界の予防接種のようなものだ。転生者が異常な能力を駆使して暴れまわった結果、異世界の方も対応策が出来てしまった、という話だ。俺が何を唱えようと、普通の人に害のある効力は及ばないのだ。

(俺はこんな世界に来たくて来たんじゃない……これなら元の世界の方が……いや、それも結局同じことか)

 ごろん、と寝返りを打つと、涙が溢れてきて止まらなくなった。
 
 元の世界でも俺は無能だった。
 物覚えが悪く一度聞いただけでは実行できない、慌てると正しい対応が出来ない、初歩的なミスを何度も繰り返す、その場しのぎの相槌を返しても欠片も理解していない……まだまだある。

 無能なりの努力を繰り返し、何度も失敗しその度に胸に澱が溜まっていった。
 俺は胸の澱を体に溶かすために酒に頼る日々が続いていた。毎朝トイレでもどして起床していた。そのせいか頭がどうかしていたのだろう。
 自尊心を飼いならすことが出来なかった俺は、出社するより電車に跳ねられることの方が簡単に問題を解決できると気づいた。

 俺はそのひらめきを忠実に実行した。
 そして今、この世界で一人泣いている。
 なんて滑稽なんだろう。

 子供のように泣きべそをかきながら、俺はまどろみの中に沈んでいった。

――
 
 気がつくと、俺は元の世界の様子を見ていた。50代の禿げたオッサンが紺のスーツを身に纏い満員電車の中で青い顔をしているのが、映画のワンシーンのように浮かんできた。

(ああ、これは夢か。たまにあるんだ。『明晰夢』って言うんだっけ……。しかし元の世界の夢を見るなんて久々だな) 

 電車の中で乗客とおしくらまんじゅうをしているオッサンは今にも死にそうな顔をしていた。
 目は虚ろで眼下も窪んでいる。鞄を持つ手が震えているのが、さらに哀れさを誘った。

(ひどい状態だなぁ……しかしどこかで見たような顔――)

 ようやく気づいたが、そのオッサンは俺に酷似していた。あの頃の俺が、もし電車に飛び込まず生き続けていたならば、このような姿になるのかもしれない。

(……なんて夢だ)

 不意にオッサンがもどした。周りの乗客が仰け反るように身を引いたが、車内に退避する余裕は無く、内容物がOLの服にこびり付いた。
 耳を突き刺す悲鳴、充満する臭い、視界にあることが耐え難い吐寫物、押し合う人の重圧……。
 身近な地獄と言える光景だった。

 次の駅で、オッサンはOLと駅員に事務所まで連れて行かされた。
 オッサンは謝った。

「着の物の保障は必ずします、社に遅れることを伝えさせてください」

 そう言って、もう一度頭をずっしりと下げた。
 身に染み付いたかのような、悲しいほど丁寧な謝罪のお辞儀だった。
 何度もペコペコせず、必要な時どっしりと深く頭を下げて、禿頭を見せるかのような姿勢で硬直していた。

 俺は目を背けたかったが、その必要は無かった。
 夢の中でさえ俺は泣いていたからだ。視界が涙で滲んで、オッサンの禿頭に反射した蛍光灯の光が乱反射した。
 
(こんなに惨めなのに……この『俺』は今まで生きてきたんだ……)

 遠くで目覚ましの音が聞こえた。
 俺の視界がまたゆらいだ。覚醒の時が来たのかも知れない。
 
 目が覚める前に、やり残した事があると思った。

 俺は即効詠唱の能力を使い、雑菌消毒洗濯魔法(キレーキレー)をOLの服と、汚れを拭ったハンカチに向かって唱えた。
 室内が閃光に満ち、彼らが目を戻した時に汚れは消えていた。
 そこで、目が覚めた。

――

 目を開くと、寄宿舎の天井が見えた。
 相変わらず小型端末は目覚ましのアラームを鳴らし続けていた。 
 俺は、その機能を止めて朝の支度をすることにした。

 今日夢想した夢が何であれ、俺はそれを糧にして無能なりに生きていくつもりだった。
 手始めにお辞儀の角度から真似させてもらおう。
 
 宿舎を出る際に布団の上を通った時、鼻を刺すようなツンとした臭いがした。
 夢を見たところで、問題が何一つ片付いたワケではなかったが、明日への気力は貰えた。俺はそう信じる。
 
おしまい

 なんかアイデアが浮かんだので……。
 大体3時間ぐらいでした。投稿するほどの質はないので(昔はこんな短編乱発してましたが……)こういう形で供養します。

ううん、色々こね回せば話になるかなぁ。

 とりあえず生きてます。
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