二十二話未収録分供養
2025年06月15日 (日) 15:16
本日二十二話更新しました。
そこに入れようかなって思ったけどカットした部分供養として置いておきます

 ふと空を見上げると、霧の向こうにかすかな夕暮れの色がにじんでいた。日も傾き、辺りは淡い茜に染まり始めている。

「……もう夕方だね。今日はここに泊まらせてもらって、明日の朝、突入の準備を整えよう」

 そう告げたイスズに、レクサスが頷く。イストも短く同意を示し、ネイキッドは肩を竦めた。

「ったく、腹が減ってると動けねぇしな。今のうちに、しっかり食っとかねぇと」

 村の代表が、「せめて夕食くらいは……」と申し出てくれたが、イスズが手を振って笑う。

「いやいや、こっちからも材料出すよ。なに、料理人は――そこにいるから」

 全員の視線が一斉に、イスト・スタウトに注がれる。

「……私ですか?……お任せください。手際よく仕上げます――」

 その言葉に、周囲からほっとしたような笑みがこぼれる。

「……隊長がいてくれると、本当に助かりますね」

 その頼もしさに、自然と人々が動き出す。
 イストの指示に従い、数人の騎士や村の若者たちが薪を運び、竈に火が入れられる。
 ほどなくして、持ち寄られた野菜や干し肉が木の台に並べられた。

 イストは淡々と頷き、周囲を見渡す。

「火の番をお願いできる方を一人。あとは、調理に必要な道具と食材の確認ができれば、すぐに取りかかれます」

「包丁と鍋はこちらです、イスト隊長」

「感謝します。では、野菜を洗ってくださる方を二名ほど――あ、皮むきは、私がやります」

 手際よくエプロンを身につけたイストが、黙々と人参の皮をむき始めると、その手さばきに見入っていたレクサスが感嘆の声を漏らす。

「……すごい。無駄がひとつもない。僕がやったら、半分くらい削りそうだ」

 それを聞いたノアがくすりと笑った。

「レクサス……料理、苦手でしたっけ?」

「苦手というか……やる気はあるんだけど、不思議と、触るたびに何かしら失敗するんだよね。包丁が逃げるというか……」

「……以前、一度だけご指導しましたが、その時も……まな板を削っておられましたね」

 イストがぼそりと挟み、レクサスは顔を赤くして咳払いした。

 その様子を見て、村の子どもたちがくすくすと笑い、場の空気がやわらいでいく。
 焚き火のそばでは、誰かがスープを煮立てはじめ、香ばしい匂いがあたりに広がっていた。

「おお、いい香りだなぁ。腹が鳴る……」

 ラクティスがにやにやと笑いながら顔を覗かせる。

「……団長。お手すきでしたら、何か作業をお願いできますか」

 イストが静かに声をかけると、彼は即座に手を上げた。

「切るのは任せといてくれ、団長直伝の大胆カットをな!」

「いえ、それは結構です」

 即答で却下されたラクティスは肩をすくめ、周囲の笑いを誘った。
 イストの指示で進められる夕餉の支度は、やがて調和のとれたリズムを刻みはじめた。

 大鍋に湯が沸き、香草と共に煮込まれたスープがぐつぐつと音を立てる。その中に、丁寧に下ごしらえされた野菜と肉が次々と加えられていく。焚き火の熱と香りが周囲を温め、人々の表情も少しずつほぐれていくのがわかる。

「……あとは、少し煮込めば出来上がります」

 イストが手を止め、蓋をして静かに告げると、周囲から拍手のような歓声が上がった。

 ネイキッドはひととおりの手伝いを終えると、焚き火のそばに置かれた椅子にどかりと腰を下ろした。額の汗を手の甲でぬぐい、鼻を鳴らしてひと言。

「はぁ~、助かる……この香り、もうすでに勝ち確だろ」

鍋の中では、ミルクの香りと香草が混ざり合い、シチュー特有のとろみが、ゆっくりと湯気の中に立ち上っていた。
その匂いに誘われたように、村の子どもたちがわらわらと集まり始める。

「団長、味見したら?」

 誰かの声に、ラクティスがぱっと顔を輝かせる。

「おっ、いいのか? じゃあ――」

「まだです。貴方はパンの用意をしてきてください」

 イストの鋭くも落ち着いた声が、その手をぴたりと止めた。ラクティスは肩を落としながらも「ちぇっ」と笑って、素直に立ち上がる。

「はいはい、了解であります。……パン運びなら任せとけってな」

 その背中に、くすくすと笑い声が追いかけた。
 そうして、夜の帳がゆっくりと降りるころ――

 村の広場には、湯気の立ちのぼる大鍋と、笑顔を浮かべる仲間たち。遠くで小さく鳴くモコの「きゅう……」という声が、どこか満ち足りた空気に溶け込んでいた。

 静かに満ちてゆくぬくもりの中、ひとつの夜が、穏やかに始まろうとしていた。
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