2020年02月18日 (火) 21:04
バレンタインに感化され思いついたショートストーリーになります。
高校一年生の奏の様子です。
「なぁ拓人、今年も頼むぜ」
「……大量に貰うこと前提なのが微妙に腹立つけど、斗季なら間違いないか。まぁ余ったら貰う」
「一人じゃ食い切れないからな……」
二月十三日の昼休み。
いつもの場所でお弁当を食べるための準備をしていると、近くの席いた男子二人組の会話が聞こえてきた。
一人は、同じクラスの香西拓人君。もう一人は、香西君とよく一緒にいる違うクラスの人。
二人が話していることの内容は、大体察しがつく。そう、明日は何を隠そうバレンタインの日だから。
恐らく香西君たちだけでなく、ここにいるほとんどの人がバレンタインのことを考えていると思う。
私は、これまでの人生で誰かにチョコをあげたことはない。友達とチョコを交換する、友チョコというものを含めて。
なので私にとって明日は、何も変わらない平日のはずだけど……もしかしたら、香西君にお礼をするチャンスなのかも。
十月に行われた文化祭で私は、香西君に助けてもらっている。準備中も本番でも。
私は、そのお返しをする機会をずっと伺っていた。
でも、そもそも私と香西君はそんなに仲がいいわけじゃないからいきなりお礼って言われても、香西君を困らせちゃうかも……。
お世話になった人にはお礼をする。おじいちゃんとおばあちゃんには、昔からそう教わってきた。
だから、このバレンタインはいい口実に──。
「や、社さん」
「……はい」
そんな甘い考えを一蹴するように、同じクラスの男子が私に話しかけてきた。
私は、人と話すのが苦手だったり、男子が苦手なわけじゃない。ただ、波風を立てたくないだけ。
誰かを特別に扱ったり、誰かと親しくしたり。そうすると、必ずトラブルが起こる。
それを回避するためには、誰にでも平等に接し、誰にも近づけさせない。
浮かれて誰かを信じると、傷つくのは……自分だから。
男子には悪いですが、出来るだけ嫌そうな顔を作って返事をする。
「社さんは……誰かにチョコとかあげるの?」
そう聞いてきた男子の後方にいたグループが、目に入った。
こう言うことは、中学のときにもあったので返事は決まっている。
「その予定は……」
と、私は、クラス中の視線がこちらに向けられていることに気づいた。もちろん香西君も私を見ていた。
もしここで誰にも渡さないなんて言ってしまうと、香西君にお礼としてチョコを渡せなくなっちゃうかも……。
でも、正直に渡すなんて言っちゃったら、香西君にも迷惑をかけてしまうかもしれないし……。
「……ない、かな」
「そ、そっか! 変なこと聞いてごめん!」
結果、また香西君にお礼をする機会を逃してしまった……。
いいタイミングだと思ったんだけどなぁ……。
「やっぱり社さんは誰にも渡さないかー。なぁ拓人、もし社さんが誰かに渡すってなったらどうするよ。俺は期待しちゃって寝れない自信があるぜ」
「まぁ斗季なら可能性はなくはないからな……。俺はそうだな……、誰に渡すのか気になるくらいで期待はしない。家族から貰える分で満足だ。あと、斗季のために用意したのに俺に食べられてしまうチョコもあるし」
「おい言い方。余らせて腐らせるより全然いいだろ。拓人が甘いもん好きでよかったわ」
香西君甘い物好きなんだ。なら、チョコ渡したら絶対喜んでくれるよね……。
「と言うか、拓人も貰えないとは限らないだろ」
「えっ……」
「「うん?」」
あれ、私今、なんでドキッとしたんだろ。思わず声まで出ちゃって、香西君たちに見られてる。
いつもの癖で嫌な顔を作ると、二人は「ごめんなさい……」と謝って食事に戻った。
香西君が誰かからチョコを貰う……。私には全然関係ないのに、なぜか胸のあたりがちくっと痛む。
「なんで……?」
私はただ、香西君にお礼をしたいだけ。
たまたまバレンタインの時期にそのチャンスが回ってきただけで、それ以外の感情なんて、ない。
「うん、そう。絶対……そう」
自分にそう言い聞かせて私は教室をあとにする。
その日のお弁当は、うまく喉を通らなかった。
放課後。
職員室に日誌を届けて昇降口で靴を履き替えていると、向こう側の下駄箱からこんな会話が聞こえてきた。
「ここの下駄箱であってるよね?」
「うん。……本当に名前とか書かなくていいの? お返し貰えないよ?」
「いいの。恥ずかしいし。受け取ってもらえるだけで嬉しいから」
「あんたがいいなら……いいけどさ」
「よし、じゃあ帰ろう」
そっか、別に直接渡す必要なんてないんだ。
でもさっきの子は、どんな気持ちでチョコを置いていったんだろう。
普通に考えれば、やっぱりその人のことが好きだから渡すんだよね。なら、渡すだけって……ちょっとだけ寂しい気がする。
どんなチョコを置いていったのか気になって覗いてみると、それは綺麗に包装された手作りチョコだった。
前日から……いや、さっきの子はもっと前から準備していたのかも。
こんな気持ちのこもったチョコを渡すだけだなんて……。バレンタインって思ったよりも苦いイベントなのかな。
「……香西君の下駄箱じゃない、よね」
……私は、何の確認をしてるんだろう。
香西君はもう帰ってる。チョコ持ってきてたら、私も置いて帰ったんだけどなぁ。
「いやいや、渡さないですし……」
思いついたのも今日だから、元々無理だったけどね。
うーん、どうやってお礼しようかな……。
「おかえりかなちゃん。あら、どうしたのそれ」
「ただいまおばあちゃん。ちょっと、お菓子作ろうかなって……」
家に帰ると、料理をしていたおばあちゃんが私の持っている袋に気がついた。
「あぁ、明日はバレンタインだもんねぇ」
「っ! ぜ、全然関係ないよ! たまたま明日がバレンタインなだけで、誰かに渡すとかそんな予定なんてなくて……。そ、そう、おじいちゃんとおばあちゃんに作ろうかなって!」
「あら嬉しい」
「わしは、甘いもんは好かん」
た、たまたま入ったスーパーでチョコレートが安く売ってたからこれでお菓子作りしようと思っただけで、作ったお菓子を誰かに渡そうなんて思ってないから!
「じゃあおばあちゃんとかなちゃんで食べようかねぇ」
「……好かんとは言ったが、食べんとは言ってない」
「おじいさんは、つんでれってのだねぇ」
「おばあちゃんどこで覚えたの……?」
私もよく知らないよ……。
「ご飯食べたら一緒に作ろうかねぇ」
にこりと笑ったおばあちゃんは、エプロンを外すと食器棚からお茶碗を取り出した。どうやら料理はもう出来上がったらしい。
私は、最後の準備だけ手伝った。
二月十四日。
その日私は、いつもより早く家を出た。
昨日は、夜遅くまでお菓子を作ってて、寝るのはだいぶ遅くなっちゃったけど、寝覚はいい。
お菓子の出来は満足してるし、包装だってパソコンで調べて可愛いのを選んだ。
あとは……誰にもバレないよう香西君の下駄箱に置くだけ。
これはお礼だから、小さなカードに『ありがとう』とだけ書いて一緒に入れてある。私だとバレないよう名前は書いてない。
私は、昨日下駄箱にチョコを置いていった子と同じで、渡せるだけでいいんだ。嬉しいとか、美味しいとかそんな感想は……いらない。
「……これは、置けないなぁ」
学校に着くと、昇降口には、ちらほらと人がいた。
ほとんど……いや、全員が女子で、チョコを置いてその場から離れる子や、チョコを持ったままそこで待ってる子もいる。
まさかこんなに人がいるとは思わなかった……。バレンタインってすごいなぁ。
下駄箱は諦めて職員室に鍵と日誌を取りに行く。私のクラスには、早く来るような子はいなかったみたい。
「よし、香西君の机の上に……。ううん、ダメ」
昨日一番遅くまで残っていたのは私で、今日一番早く来たのも私だ。
ここに置いちゃうと、私が置いたってバレる可能性が高い。
だからここは……。
「気づきますように」
机の中に入れることにした。
「義理合わせて五十一個だ。まだ昼休みだから増えるな」
「俺は家族からと戸堀先輩からで四つ。もう増えない」
昼休みになっても、香西君は机の中のチョコに気づかないでいた。
香西君は、教材をカバンから机に移さない人だから、気づかないかもしれないとは思ってた。
クラスの男子たちはみんな、朝から机の中をずっと確認してるのに、香西君はそのそぶりすら見せない。
窓の外を見てぼーっとしてるか、机に突っ伏して寝てるだけのいつもの香西君だ。
そんなことより戸堀先輩って誰⁉︎ 聞き捨てるにはちょっと難しいよ!
「ほれ見ろ、コンビニのシールが貼ってあるいかにも朝バレンタインだということを思い出して買ったであろう戸堀先輩から貰った板チョコを。せめて溶かして固めてほしかった……」
「え、俺のと違うな。俺はちゃんと手作りのやつ貰ったんだけど」
「……この板チョコ、材料の余り説が出てきました」
どうやら、心配しなくて大丈夫そうだね。って、何の心配してるんだろ……。
多分香西君、昼休み中は気づかないだろうな。と言うか、放課後になっても気づいてもらえないかも。また改めてお礼すればいいか……。
と、半ば諦めて席を立ったそのときだった。
「拓人、机の中確認したか? チョコ入ってるかもしれねーぞ」
「悲しくなるから確認しないようにしてたのによ。……あれ、なんかある。これって……」
「チョコだな」
「チョコだよな……。あのな斗季、貰ったもんをイタズラに使ったらダメだろ」
「いや俺じゃねーよ! その包装のやつは貰った記憶ないぞ! シンプルに誰かが拓人の机の中に入れたんだろ!」
き、気づいた! 私のチョコに香西君が気づいたよ!
ただそれだけなのに、動揺した私の足が机に当たって音が鳴った。近くの席にいる香西君たちは、音につられてこっちを向く。
「ご、ごめんなさい……」
「「い、いや、こちらこそ……」」
私は、恥ずかしくなって早足で教室から出た。
よ、よし、ちゃんと香西君にチョコを渡せた。これで満足。私のバレンタインは、もう終わり。
お弁当を食べ終え予鈴五分前に教室に戻ってくると、香西君は一人で机に突っ伏していた。
食べたあとに眠くなると言っても、香西君は寝るのが早すぎると思うなぁ。
その様子を何気なく観察していると、顔を上げた香西君と目が合ってしまった。
「あ……」
「お、おう……すまん。あ、社奏ちょっといいか」
「え、は、はい」
「その……朝さ、俺の机の周りに誰がいたかわかるか?」
もしかして、あのチョコが誰から贈られたのか探すつもりなのかな……。
犯人は私なんです……なんて言えないよ。
「ご、ごめんなさい。心当たりがなくて」
「あー、いや、わからないならいいんだ。忘れてくれ」
きっと香西君はそこで話を切り上げるつもりだったんだろう。
でも、話を続けたのは……私だった。
「……チョコ貰ったの?」
「え……」
「あ、え、えーと、今日ってバレンタインだし、その……さっき話してたから」
「あー……聞かれてたのか。まぁなんだ……嬉しいことにチョコ貰ったんだけどさ、誰からなのかわからなくてな」
「っ! そ、そっか、嬉しかったんだ……」
「そりゃ……嬉しいだろうな」
そっか。嬉しい、嬉しいか……。
「も、もう食べたの?」
「おう。せっかく貰ったしな」
「ど、どうだった?」
私って、欲張りなのかな。なんでこんなこと聞いてるんだろう。そんなことどうでもいいはずなのに。
「めっちゃ美味しかった」
「っ! そ、そっか、よかったね……。じゃ、じゃあ」
「お、おう」
気づいたかな、気づかれたかな、渡したのが私だって。
なんで……なんでなんでなんで私は期待なんてしてるの? なんでこんなに体が熱いの? なんで胸がずっとドキドキしてるの?
なんで香西君は……気づいてくれないの?
私はもう……気づいちゃった。