「あなたの不要な思い出、私たちが焚き上げます」
その手紙が届いたのは、春先の雨の日だった。
羽柴恵子は、かつての恋人との思い出を処分できずにいた。
届いた一通の奇妙な手紙――差出人は「お焚き上げ便」。
封筒に詰めたのは、プリクラ写真、手紙、ぬいぐるみ、高級ペン。
ただの儀式のつもりだった。ほんの、心の整理。
だが、思い出は“燃えた”のではなく、“形を変えて戻ってきた”。
夜ごと漂う焦げた匂い。壁に浮かぶ黒い影。
夢の中で囁く声と、焦げ落ちた顔で這い寄る“かつての誰か”。
“燃やす”ことは、忘れることじゃなかった。
“供養”とは、記憶を殺すことではなかった。
言葉、顔、名前。
一つひとつの「自分」が、焼かれ、奪われ、書き換えられていく。
そして最後に残ったのは、
この世にたった一つしかないはずの、“自分の名前”だった。
「あなたの名前、次の使用者に“指名”されました」
――それは、忘れられた者たちが、今もあなたを見つめているということ。
記憶の火葬。声の供養。名前の焼却。
“焚き上げ”とは何かを問う、静かで残酷な記憶のホラー。
※この物語はフィクションです。実際の人物、団体、会社等とは一切関係はありません。
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