フェイリットの願いは、普通の女の子としてただ幸せに暮らすこと。竜として生まれたことも、一国の王女であることにも実感を持てず山奥で育った。平穏な生活は、「十六歳になったら王城に戻り、父王と契約を結ぶ」という約束のもとに保証されたもの。ついに十六歳の誕生日を迎え、約束の日が来てしまう。帰りたくない。ここでずっと暮らしたい。フェイリットは、ともに暮らしてきた親代わりの青年に恋心を伝える。しかし、その想いが受け入れられるはずがなかった。
拒絶されたフェイリットは、父王が寄越したという迎えの使者から逃げてしまう。それも竜の姿で。自分はやっぱり竜だった――驚いて空から落ちたところを、一人の青年コンツェに救われる。コンツェは敵国の公子だった。「追われている」と話したフェイリットを、自分の国で匿ってくれるという。
たどり着いたのは、暗い過去をもつ皇帝の国だった。フェイリットに与えられた仕事は、宰相付きの小姓職。少年が担うべき仕事だった。正体を隠しているのに、性別まで偽ることになったフェイリットは、そこで皇帝ディアスと出会う。ディアスは斜に構えてばかりで、本当の自分を見せようとしない。あげく、「妾妃のふりをする」役割までフェイリットに押し付けるのだった。
小姓と妾妃。フェイリットは正反対の役割をこなしながら、衝突しつつもディアスに惹かれていく。そうして王女の身分も、竜であるという正体も秘密のまま、敵国での生活に溶け込んだ頃。平和な日常が脅かされる事件が起きる。使者たちがフェイリットを連れ戻しに来たのだ。敵国の王女であったことが露見し、フェイリットは慣れ親しんだ者たちと別れることになる。
父王はついに痺れをきらし、戦争の口火を切った。フェイリットは敵も味方も超えて「ディアスを守りたい」と願う。竜として契約したい相手は、敵国の皇帝だったのだ。気づいたフェイリットは、離れ離れになったディアスを救う方法を模索する。だが、戦況は進みディアスは国もろとも追い詰められていく。そんなフェイリットを助けるべく、新たな存在――千年前の伝説の竜が現れる。
*旧題:「忘れ去られし王への贈り名」「IcPal」