子供の頃から喫茶店で働くことが夢だった。
大学二年次、夏期休暇の頃。
下宿先として世話になっている祖父の家で読書をしていると、実家から尋ねてきた弟から一通の手紙を渡された。数年前に失踪して現在も行方が分からない祖父からの封筒である。
曰く、喫茶店の店舗を用意した。場所は異界である。奇跡と魔術が存在する珍妙奇天烈な世界であるが驚くなかれ。人生の糧としてくれれば幸いである――とのこと。
手紙に従い、同封された指輪を嵌めて裏庭の蔵に行けば、蔵は確かに異世界らしき場所に繋がっていた。
けれど。
驚いたのは、いつの間にか趣ある喫茶店にいたことでも、自由自在に魔法が使えることでもなくて。窓ガラス越しに見える風景――暗い空から静かに降り積もる雪と、青褪めた巨大な満月であった。月光に導かれるまま外に出て、何をする訳でもなく月を仰いでいれば、黒馬に跨ったひとりの騎士が通りかかる。
「もし、お嬢様。何をされているのですか」
「月を、見ておりました」
「月光を浴びてはなりません。月蝕病に罹ってしまいます」
「病気、ですか。あの月は悪いものなのですか。こんなにも綺麗で、懐かしいのに」
私の問いに、騎士は肯定も否定もしなかった。
少々ばかり緘黙したのち。
「月は、生ける者を惑わし、死せる者を裡に閉ざしてしまう――神の造った楽園です」
とだけ答えた。
その表情は、死別してしまった誰かを深く悼むようでもあり、あるいはその原因となった誰かを心底恨むようでもあり――私は彼の美しい顔に見惚れてしまった。
それが、私と彼の出会いであり、まだ名前すら決まらぬ喫茶店の、初めての客であった。疲弊した彼を奇跡で癒したことを契機に、私が聖女であるという評判が広まり、店は次第に賑わっていくが――。
巨大な満月を巡る、のちに聖女と呼ばれる少女と、熱烈な守護者となった騎士の物語。
――――
※あらすじは開発中のものです。実際の内容と異なる場合があります。ご了承ください。
※この物語は作者の妄想に基づく完全なる虚構です。実在する人物、地名、所属、その他名称において一致があったとしても、創作上の偶然です。
※本作品は、フロムソフトウェア製「DARK SOULSⅢ」および「ELDEN RING」の影響を大いに受けていることをここに白状致します。