2016年08月24日 (水) 22:58
――日を追うごとに暑い日が増えてきて、確実に夏が近付いてきているという印象だ。
とは言え、ヴェルドガルの夏はカラッとしていて日本の夏のように湿度が高いということもなく、案外と過ごしやすくはあるのだが。そんなある日の事だ。
「こうやって暑い日が増えてくると、また海に泳ぎに行きたくなる」
という、そんなシーラの言葉を切っ掛けに、暑い日を見繕ってタームウィルズの近くにある入り江に、また泳ぎに行きたいという話がみんなの間で持ち上がった。
クラウディアや迷宮村の住人を家に迎え、あの入り江でまた遊ぼうというわけだ。
ただ、去年の夏から少し間が空いたのであの入り江がどうなっているか分からない。
というわけで、夏本番になったら迷宮村の住人を連れて遊びに行くとして、それまでに下見を兼ねてパーティーメンバーのみんなだけで一度泳ぎに行こうという事になった。
一応魔人と精霊殿絡みの一件で警戒も続けているので、近日中に少しタームウィルズの外に出かけるかも知れないという旨を王城にも知らせに行ったところ、近隣にそんな場所があったのかとメルヴィン王には興味を持たれた。
「何でしたら、花見の時のようにご一緒にお出掛けになりますか?」
「いや、流石に余の歳でそなた達と共に泳ぎに行くというのはな。あれの息抜きになら丁度良いかも知れんが」
と、メルヴィン王は苦笑して軽く手を振った。
あれ、というのはつまりローズマリーのことである。現在、王城セオレムの北の塔に幽閉された状態で、古文書の解読などしているが……普段出歩かないので、外出の機会は多い方が気晴らしや息抜きになる。メルヴィン王としても、ローズマリーに関しては心配しているようだし。
「何でしたら、彼女も入り江にお連れしますが。逃亡の危険もないわけですし」
「それは助かるが……良いのかな?」
「僕としては問題ありません」
花見の時にアルバートやマルレーンとも和解したし、情報提供等で色々協力して貰っている。
みんなもローズマリーを気にかけているというのは事実だ。少し前も、盗賊ギルドにまつわるごたごたで、ローズマリーに重要な情報を貰ったばっかりだしな。これに関してはシーラとイルムヒルトが、機会があったらお礼を言いたいと言っていた。みんなと顔を合わせる場をセッティングしてやる必要があるだろう。
「では、余からも頼むとしよう」
と、そんなわけでローズマリーも入り江での遊びに参加することになったのであった。
女性陣はマルレーンやクラウディア、それにセラフィナの水着を見繕うために一緒に買い物にいったりして……そうして準備を進めていると、丁度いい具合に夏日がやって来たのであった。
◆◆◆◆◆
現地で食材を焼いたりして昼食を取るということで、まず市場に買い物へ。それから王城までローズマリーを迎えに行ってから幌馬車に乗って入り江に向かう、という流れだ。
ローズマリーの護衛に関しては俺達が兼任する。まあ……ローズマリーも暗殺未遂事件の犯人ではないということがはっきりして、情報収集にも協力的であるために逃亡の恐れがないと判断されているが……国内の貴族達にとって不都合な情報を沢山知っているというわけで、逃亡ではなく身辺警護の意味で護衛が必要と判断されているわけである。
王城へ迎えに行くと、ローズマリーは若干予想外の格好で現れた。
「――変装を違うものにしてみたのだけれど、どうかしらね」
というローズマリー。外出用の格好は占い師のそれではなく、今回は女官の格好――つまりメイド服という出で立ちであった。
若干予想外ではあったが、確かに目立たないように変装するという意味では定番なのかも知れない。普段華やかなドレス姿ではある分、落ち着いたメイド服は中々印象が違って見える。
「ん……。そうだな。悪くないと思う」
「そう? ならいいけれど」
意表をついてきたからか、してやったりといった様子でローズマリーが口元を手で隠して肩を震わせる。ああ。メイド服だからいつもの羽扇はやや合わないからと、置いてきたわけか。
変装したローズマリーを連れて練兵場まで向かい、待っていたみんなと合流する。
「おはようございます」
「良い天気になりましたね」
と、グレイスとアシュレイが明るく挨拶し、マルレーンが嬉しそうに、にこにこと手を振って迎える。ローズマリーはみんなの歓迎ぶりに軽く目を瞬かせる。
「ん。この前の事、お礼を言おうと思ってた」
そう言ってシーラが丁寧に一礼する。イルムヒルトも相好を崩してローズマリーに礼を言った。
「シーラの周りで色々あって、大変だったの。ありがとう」
盗賊ギルドの幹部であったランドルフという男が、スクグクロウの尾という特殊な植物を使って悪事を働いていたのだが……その植物の情報を調べてくれたのがローズマリーというわけだ。
「まあ……わたくし自身のためにやったことでもあるわ。礼を言われるほどのことでもないわね」
ローズマリーはなんとなく素っ気ないような返答をする。王族だし、宮廷貴族との付き合いが多かったから、こういうストレートな反応には慣れていないのかも知れないな。
「それでも、情報のお陰で調査も迅速に進んだわ。奴隷として売られずに助かった者もいる。だから……ありがとう」
クラウディアが言うと、ローズマリーは目を閉じて頷いていた。そんなローズマリーの様子にグレイスが微笑む。
まあこれは……みんなと出掛ける機会を作って良かった、というべきか。
「どうぞこちらへ」
と、ローズマリーはみんなに迎えられる形でおずおずと馬車に乗り込む。
そうして幌馬車は王城を出発し、街を出た。海岸沿いを進み、岬に向かい……そして少し方向を変えて進んでいくと、そこが目的の場所だ。
砂浜を歩いて進み、岩でできた天然のトンネルを抜けると、そこは周囲を岩場に囲まれた秘密めいた入り江であった。
去年と変わらず、といった雰囲気だな。植物が生い茂って道が通りにくくなっていたり、岩が崩れたりしていないかと心配していたが、これなら迷宮村の住人達を連れて遊びに来ても問題無いだろう。
「それじゃあ、水着に着替えてきます」
「うん。いってらっしゃい」
アシュレイ達が荷物を持って岩陰へと進んでいく。
「ええと……その。岩陰で着替えるのかしら?」
「大丈夫ですよ。外から見えませんから」
といった感じでグレイスやアシュレイに手を引かれていくクラウディアとローズマリー。
2人は若干戸惑っている様子ではあったかな。マルレーンとセラフィナは楽しそうにみんなについていったけれど。
みんなが着替えている間に幌馬車に積んできた食材やら何やらを、ゴーレムで運搬してしまう。俺は下に水着を着込んできているので服を脱ぐだけでもう泳ぎに行けるしな。
調理器具や食器を敷布の上に置いて、後は……夏なので食材が傷まないように魔法で氷漬けにして昼食時まで保存しておけば大丈夫だろう。
「――テオ」
と、背後から声をかけられる。振り返ると……そこには水着に着替えてきたらしいグレイスがいた。
気恥ずかしさからか、僅かに頬に朱が差している。すらりとした長い手足。そして、柔らかそうな曲線を描く、豊かな胸や腰のライン。
夏の陽射しを浴びて……金色の長い髪ときめ細やかな白い肌が輝いているように見えた。少しの間、思考が止まってしまう。こんな明るい日の下で水着姿のグレイスをまじまじと見る機会というのも多くは無いし。
「何かお手伝いできることはありますか? その、色々運んだり準備もしたりするのかなと思って下に水着を着込んで来てしまったので」
「ああ、いや……うん。大丈夫だよ。俺も下に水着を着てきてるし。早めに済ませるつもりでいたんだ」
そう答えると、グレイスはくすくすと笑った。
「そうだったんですか。それじゃ、同じことを考えてたんですね」
「そうかも知れない。その、いつもありがとう」
そう言うと、グレイスは嬉しそうに表情を綻ばせて頷くのであった。
そうしていると、みんなも着替え終わったらしく岩陰から出てきてこっちに手を振ってくる。
水着に着替えたみんなの姿と笑顔は、夏らしい明るさで。楽しそうにしている姿を見ると、海水浴に来て良かったなと思う。そうだな。ここ最近色々忙しかったし、今日は一日、色んな事を忘れて……たっぷりとみんなと遊んで過ごすことにとしよう。
みんなが海に向かって楽しそうに駆けていく。俺も服を脱いで水着になると、皆の後を追うように海へと向かって走るのであった。
ありがとうございます! 赤い汗w潤いはハーレム要素無しのほのぼの系でしょうかw